第117話 ゲラ
光が戸籍を取得した日。
--光が唯志宅に赴き、莉緒と対面している日。
そして拓哉が御子に占いを持ち掛けた日。
その日の少し時間は遡る。
時刻は十六時ごろ。
唯志は仕事をそつなくこなしていた。
「ふぅ」と一息ついたところ、唯志のスマートウォッチがメッセージの受信を伝えてきた。
「間宮さん?珍しいな。」
[少し気になる情報が入った。須々木に関することだ。今日佐藤の事務所まで来れるかい?]
多くは語っていないが、恐らく不味い話なんだろうということはなんとなく察した。
だからこそすぐに返事をした。
[良いですよ。他は誰か呼びますか?]
返事はすぐに返ってきた。
[いや、君だけの方が良いと思う。莉緒ちゃんくらいならいても構わないかな。]
[なら直接向かう方が手っ取り早いので一人で伺います。十八時には行けると思います。]
そう返事をしてやり取りは終わった。
光がいない方が良くて、且つ俺に話がある。
間違いなく良い話ではないだろう。
「はぁ。まぁ考えてもしょうがないか。仕事仕事。」
そう呟いて唯志は仕事の続きを始めた。
--
十八時前頃。
唯志は佐藤の事務所に到着した。
事務所に入ると恵が出迎えてくれた。
「唯志君いらっしゃーい。こっちこっち。」
そう言っていつもの一室に通された。
中には佐藤と間宮が待ち構えていた。
「急ですね。何かありましたか?」
唯志は挨拶代わりに要件を尋ねて腰かけた。
「これなんだが。」
挨拶も社交辞令もなしに、神妙な面持ちで間宮が資料を渡してきた。
唯志はそれをぱらぱらとめくる。
「・・・雑誌のゲラか何かですか?」
「その通り。今月発売のうちの雑誌だよ。記事はサイエンス部門のやつだ。」
「へぇ・・・。」
そう言って唯志は内容を細かく読み始めた。
「何の記事なのー?有名人が不倫でもした?」
恵が目を輝かせながら覗き込んできた。
「サイエンス系って言ってるだろ、めぐみん。」
佐藤がやれやれといった感じでフォローを入れた。
「なんだー。なんか面白いこと書いてる?」
恵は露骨に興味がなさそうになっていた。
「探してくれてたんですね。」
唯志は記事をぺらぺらとめくりながら呟いた。
「一応、君に言われてから須々木という研究者の話はサイエンス部門に伝えておいたよ。まさか特集記事を組むほどまでになるとは思ってなかったけど。」
間宮は苦笑いをしていた。
「〇▽人工知能研究所所属・・・。これを見る限り、近いうちにそれなりの研究成果の発表がありそうですね。」
「そうだね。君が『山田』から得た情報とも合致する。・・・だがそれよりも問題は。」
と間宮が先の話を促そうとした。
「この部分ですよね。」
唯志も察しがついたのか、記事の一部分を指さした。
そこにはこう記されていた。
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須々木:今年の初夏のころ、梅田を歩いていたんです。
その時、信じられないかもしれませんが私は神に出会いました。
A:神、ですか?
須々木:神ってのは言いすぎましたけどね。でもまばゆい光とともに、私に知識を授けてくださったんです。
A:何かを閃いたという意味でしょうか?
須々木:いいえ。具体的には秘密ですが、その日私は神から贈り物を受け取りました。そのおかげで研究が飛躍的に進んだ。まさに神のお告げだと思いました。科学者あるまじき発言ですけどね(笑)。
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「ん?なんかこれって・・・」
恵もさすがに察したようだ。
「あの日、須々木もいたってことですね。あの場所に。」
唯志が続けた。
「そうだね。ぼかしてはいるけど、状況的にはそう考えるのが妥当かと思ったよ。」
間宮もその意見に追従した。
「問題はこの
佐藤も神妙な面持ちで話している。
「??」
恵は一人ポカーンとしている。
話についていけてない様子だ。
「確かひかりんは過去に来る直前、本を持っていたって言ってる。なんか難しい学術書だったとかね。行方不明だから未来にあるものだと思ってたけど・・・。」
「それが
唯志と間宮、そして佐藤が顔を見合わせて難しい表情を浮かべていた。
「須々木久寿雄は、未来で大惨事を招く原因となった人物。その人間に知識を与えてしまったのが自分と知ったら・・・。」
「ひかりんの性格です。気に病むどころじゃ済まないかも知れない。」
「え?なんで!?ひかりん悪くないじゃん!巻き込まれただけなのに!」
これには恵も声を荒げて反論した。
「そんなことはわかってるよ、めぐみん。でも当人としたら・・・。特にひかりんは素直だから。」
唯志は珍しく若干暗い表情で答えた。
「そんなの、酷すぎるよ・・・。」
恵の言いたいことはここにいる全員がわかっている。
わかっているが、どうしようもない。
「この話、ひかりんには話さないで下さい。俺たちの中だけで留めましょう。」
唯志は全員に向けてそう言った。
「そうだね。その方が良いと思う。」
間宮もその意見に賛成した。
「だが、もし知ってしまったら?このゲラは近々世に出るんだろ?」
「その時はその時で考えます。なんにしても知らない方が良い事もあります。」
「確かにね。そうしようか。」
間宮も佐藤も複雑な表情をしていたが、唯志の意見には賛成している。
恵だけ一人泣きそうな表情をしていた。
「それと、間宮さん。」
「なんだい?」
唯志は間宮に更に質問した。
「この×□科学研究所って・・・。」
記事の一部に書かれていた内容だ。
記事によると、その研究所と須々木の研究所で共同研究を行っているようだ。
「ああ、数年前に仮想現実の構築だかでニュースになっていたところだね。何か気になったのかい?」
「少し・・・。この研究所に対する記事とかは間宮さんのところにありませんか?」
「過去のデータベースを漁ってみるよ。見つかったら連絡する。」
「ありがとうございます。こちらもネットとかで調べられるだけ調べておきます。」
その後、何も話すことがなかった。
いや、何も話せることがなかった。
そして、その日はそのまま解散することになった。
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