第116話 拓哉の思い
光が家を飛び出してどれくらい経っただろうか。
多分ものの数分だ。
部屋には拓哉と御子だけが残されていた。
拓哉は神妙な面持ちでスマホとにらめっこしていた。
何をしているわけでもない。
何もしていないのが耐え難いだけだった。
「なんや、脳みそで豚骨ラーメンでも栽培しているような顔して。」
御子がめんどくさそうにそう言った。
「・・・。いや、どんな顔だよそれ!」
拓哉はワンテンポ遅れたものの、なんとかツッコんだ。
「ツッコみいれる元気はあるようやな。」
御子は「にししっ」と笑っている。
「まぁあんたの考えてることはわかるで。光のことやろ?」
御子は遠くを見ながら拓哉に話を続けた。
「心読むのやめてもらってもいいですか?」
拓哉はめんどくさそうに言った。
「今のは色なんてみてへんで。誰でもわかるやろ。」
御子は若干呆れ顔だった。
「あんたが光のこと好きなんは誰でもわかるで。・・・それで、今は唯志の方が重視されてるのが不満なんやろ?」
御子が話を続けた。
御子なりに気を使った言い方なんだろう。
「別に不満なんて・・・。俺が役に立ってないのは自分で一番わかってるよ。」
拓哉は絞り出すようにそう言った。
「めんどくさいやつやな。そう思うなら、何かしら頑張ったらええやん。」
「何かって?」
「そんなもん、自分で考えーや。」
さすがの御子も若干呆れ顔だった。
「そもそも、光ちゃんにとって俺は必要なのかな?」
「そんなん知るか。本人に聞いたらええやんか。」
「聞けたら聞いてるよ・・・。」
拓哉の表情はより一層暗くなっていく。
「そもそも、何がそこまで好きやねん。あんたの本気度がわからんわ。」
「・・・」
これについては、拓哉も返事に困った。
光がなぜ好きなのか。
そんなもの、自分でもわからないからだ。
「光は見た目はええよ。あんな美人そうそうはおらんやろ。性格も良い。でも、あんたは何で光が好きなんや?優しくされたか?見た目が好みか?それとも世間知らずでチョロそうだからか?」
「そんなんじゃないよ!!」
珍しく拓哉が御子に対して大声を張り上げた。
さすがの御子もこれには目を見開いて驚いた。
「・・・そんなんじゃないよ。」
拓哉は呟くように言い直した。
「・・・ならなんやねん。そこまで入れ込むほどの何があるんや?」
御子は不思議そうな顔でそう言った。
それは質問なのか、ただの独り言なのか、判別し難い言い方だった。
「わかんないよ。」
拓哉は何とか吐き出すようにそう言った。
「わからない?・・・そんな半端な思いじゃ--」
「一目惚れなんだ。」
御子の言葉を遮って、拓哉は続けた。
「・・・一目惚れなんだ。最初なんてわからない、覚えてない。急に現れた可愛い女の子に目を奪われたのは覚えてる。・・・その時にはもう好きになってた。理由なんてないよ。」
拓哉は初めて光に対する本心を話していた。
今まで、親友の野村にすら話していない本心だ。
理由なんてない。
でも光が好き。
それは事実であり、理屈ではないということを。
「はぁ・・・。まぁ気持ちはわからんけど、言いたいことはわかったで。」
御子は言葉とは裏腹に、納得はしたようだ。
「それで、頼った先が唯志じゃな。劣等感も感じるか。」
御子は御子なりに気を使っていた。
・・・・・・
二人の間に沈黙が流れる。
「ねぇ、西条さん。」
暗い顔をしていた拓哉が口を開いた。
「なんや。」
御子はカクテルを飲みながら返事をする。
「占い・・・。得意なんでしょ?」
「得意というか・・・。まぁ、せやな。」
「俺のこと占ってくれないかな?」
相変わらず拓哉は暗い顔をしている。
「あんた・・・、うちの占いが一回なんぼか知ってるんか?」
「・・・」
拓哉は暗い顔のままだった。
御子なりに精一杯ボケたつもりだった。
実際のところ、今現在やっている仕事での占いは大した額ではない。
三十分程度で二千円もしないだろう。
だが、元々
一回で数百万円単位の金が動く。
拓哉がホイホイと頼めるものではなかった。
「わかったわ。簡単なタロットでええか?」
「・・・うん。ありがとう。」
御子はタロットカードを出し、準備をしている。
元々御子の占いに流派などない。
無いと言ったら失礼になるだろうか。
御子は現存するほぼすべての占いを心得ていた。
今仕事としてやっているのはもっぱらタロットだが。
タロットはわかりやすい。
御子自身がではなく、聞き手側がだ。
だからこそ、タロットを使って占うことが多かった。
御子の能力を考えたら占い結果など大した意味はなかった。
相手の状況、感情を読み取って、出たカードから求めてそうな答えを言う。
これが御子の占いスタイルだ。
占いで未来が見える。
そんなもの幻想に過ぎなかった。
「わかってると思うが、うちの占いは--」
「色が見えるから成り立ってるんでしょ?つまり未来なんか見えないってことだよね。」
「わかってるならええわ。」
そして御子は念入りにカットしたカードから一枚のカードを引いた。
一枚のカードを引くだけの単純なスプレッド。
本来なら相手の占ってほしいことを聞いたうえで行う。
聞いたうえで色を読んで、本心かどうかを判断して行う。
だからこそ信ぴょう性が増す。
だが相手はよく知った人物。
だから種も仕掛けもない。
ただの一発勝負だ。
引いたカードは--
「・・・吉田。結果は--」
「いや、やっぱりいいや。」
「は?」
拓哉は急に立ち上がりそう言った。
「聞いたところで未来は変わらない。変わらないといけないのは・・・俺だよね。」
拓哉はそう言って自室に移動していった。
「自分から言い出したのに・・・なんやそれ。」
御子は引いたカードを手元に置いた。
「占いはうちが一番信用してない。・・・だけどこれはどういう意味やろうな。」
そう言って御子は答えを告げなかったカードを手元に置いた。
「もし当たってるなら、あんたの今後は前途多難なんやろな・・・。」
御子の手元には塔のカードが正位置で置かれていた。
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