第110話 嵐の後の静けさ

天王寺駅前の居酒屋。

山田に遭遇するというハプニングはあったものの、当初の予定通り御子の希望する居酒屋に来ていた。

来てはみたものの、先ほどの騒動のせいで暗いお通夜状態の雰囲気だった。


二人を除いて。


「ほら、あーん。」

莉緒が唯志に肉を食べさせようとしていた。

「いや、口怪我しただけだろ。恥ずかしいって。」

「照れんなし。」

そう言って無理やり唯志に食べさせていた。


「食べ物よりも、アルコール消毒だろ!」

そう言ってビールを呷る唯志。

「いや、ビールじゃ消毒にならないし。」

そう言って笑っている莉緒。

二人だけはいつも通り明るかった。


(いや、あれの後でなんでそんなに普通にしてられるんだよ。)

拓哉は未だに先ほどのことが忘れられずにいた。


――


唯志は覚悟を決めた人間と山田を評した。

未来から来て、恐らく須々木久寿雄を殺す為に覚悟を決めた人間。

その人間の目と迫力。


自分とは大違いだった。


そしてそんな人間に対して、ぶん殴られる覚悟で・・・

いや、下手したら刺されたり、殺される可能性だって考えたはずだ。

唯志ならそれくらいは予想していただろう。


山田ほどじゃないにしても、唯志だって覚悟して向かっていった。


俺は?

俺はこれまで光ちゃんの為に何か覚悟をしていたのか?


未来に帰すのも、現代で過ごす為の協力も中途半端。

していたことと言えば、好かれたいだのそんなことばかり。


俺は・・・。


――

拓哉は拓哉なりに、先ほどの出来事を真面目に考えていた。

・・・のだが――


「ねーねーただしー。このスタンガンちゃんと効いてたの~?山田っちピンピンしてたよー?」

「いやいや、結構効いてたから追撃してこなかったんだろ。やせ我慢じゃね?」

「あんな睨みながらやせ我慢してたの?ウケる。」

拓哉が真面目に考えてる正面で、唯志と莉緒が楽しそうに談笑していた。


(このバカップル・・・)


「あんたら、緊張感ないなぁ。」

流石の御子でもこれには呆れ顔だった。


「あん?緊張感って、何か緊張することあったっけ?飲みに来てんのに。」

「そーだ!そーだ!」と隣の莉緒も唯志の意見に追従した。

若干酒が入ってるせいで、いつもよりもテンションが高い。


「はぁ・・・。まぁでもせやな。気にしとってもしゃーないか。」

御子も諦めた様で、注文していたカクテルを飲み始めた。


「ほら、ひかりんもそんな顔すんなよ。山田の事は気にしてもしょうがないって。」

「でも・・・。唯志君が危ない目に遭っちゃったし・・・。」

光は露骨にしょんぼりしていた。

唯志が殴られたことに対して、いまだに責任を感じている様だ。


「気にしなくて良いって。それよりも、ひかりんが未来から来たってわかった訳だから良かったじゃん?」

「うん・・・。・・・え!?」

しょんぼりしていた光だったが、一瞬で驚きの表情に変わった。

「どういうこと?」

聞き返したのは拓哉だった。


「どういうことも何も、山田も須々木のこと知ってただろ。未来人二人が共通の歴史に名を残す人知ってたんだし、まぁ八割方ひかりんは未来人だろ。」

「確かに!でも、それでも八割なんだ・・・。」

光は逆に驚いていた。

「二人ともが同じ異世界人で、須々木なんて人はいない・・・。そう言う可能性は?」

拓哉も思わず意見を述べた。

その意見は唯志を真似たものだったが、一応自分の考えを述べている。

「ないな。」

一蹴されたが。

「なんでないの?」

唯志の意見に対して、疑問を投げかけたのは光だった。


「言いたいことはわかるけどな。でも、山田は須々木の写真持ってただろ。」

言われてみれば、山田は須々木の写真を見せてきていた。

「あんなプライベートっぽい写真、未来から持ってきてるわけないからな。どうやったかは知らないが、現代で手に入れたんだろ。だから少なくとも須々木は実在してる。まぁそれでも異世界人の可能性は捨ててないけどな。」


「あ、そこはまだ否定できないんだ。」

光は苦笑いしていた。


「しゃーないだろ。そもそもタイムスリップなんて超常現象がアリなら、何でもアリだし。」

唯志の言うことは尤もだが、それでもみながひかりんは未来人で決定だろうと思っていた。


「唯志君、もしかして私の情報収集の為に須々木さんの名前を出したの?」

「まぁ、それもある。須々木を狙ってなくても、須々木を知ってたら色々と都合が良かったから。」

光は感心した顔で唯志を見ていた。


--

そんな一同のやり取りをぼんやりと眺めている御子。

(それにしても大したもんやな、このバカップル。ほんまにさっきの事、全く気にしてへんな。)

そう思って御子も違う意味で感心していた。


(それにしても・・・。昨日は細かくわからんかったけど、こうして見てみるとなるほどなぁって感じやな。それに、唯志も何か心境の変化があったんやろか。・・・吉田は相変わらず何の変化も無いな。)

御子はぼんやりと眺めている様に見えて、じっくりと色を観察していた。


「ま、でもわかっただろ?山田には関わらないが吉。オーケー?」

「オーケー?」

唯志に続いて莉緒が復唱した。

「うん、わかった。危ないもんね。」

光は素直に頷いた。

そして、声には出さないものの拓哉も頷いていた。


(見てて飽きへんな、こいつら。)

御子は一人、小さく笑みを浮かべた。


--

「それじゃ、また引っ越しの時になー。」

最後は明るく手を振って、御子は去って行った。

なんだかんだ、居酒屋の最終盤は盛り上がって、御子は満足して家路につけたようだ。

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