第106話 動物園に行こう

八月二十二日。

拓哉は一人で阪神電車に乗っていた。

目的地は梅田。

御子たちとの待ち合わせの為に向かっていた。


何故一人かというと、前日光と莉緒は、御子に招かれて同じホテルに三人で宿泊していた。

光とは新しい部屋について話があったらしいし、莉緒には案内を頼みたいという体ではあったが、一番の目的はその後の女子会だろう。

どんな話を繰り広げたのかはわからないが・・・。


待ち合わせ場所は地下鉄梅田駅の御堂筋線改札前。

ひらけてはいるものの、人通りも多い混雑した場所だ。

拓哉は例によって光に早く会うために三十分も前に到着した。

拓哉にも成長の兆しが見て取れる。

だが・・・。


「よう、おはよーさん。こんなに早く来るって、心を入れ替えたのか?」

待ってたのは唯志だけだった。


「おはよう。光ちゃんたちは?」

「まだ来てねー。と言うかこんな早く来ないだろ。御子もいるんだし。」

完全に計算違いだった。


「ああ、そうだ。お前来週土曜日は何か予定あるか?」

男二人で待っている間、特に話すことが無いと黙っていたら、唯志が話しかけてきた。

「今のところ何も・・・。何かあるの?」

「予定無しか・・・。少しは期待してたんだがな。」

「どういうこと?」

「いや、何でもない。何もないならひかりんと二人でうちに来いよ。」

どうやら唯志から二人へのお誘いの様だ。


「うーん・・・。引っ越しが九月四日だし、少しは片づけとかって思ってたんだけど・・・。」

拓哉は拓哉で、何もないなりに一応考えはあった様だ。

光は荷物がほぼ無いから暇だろうが。


「引っ越し業者が荷造りもしてくれるんだろ?いいから予定しとけよ。あとプレゼント用意しとけ。」

「プレゼント・・・?」

「土曜日、二十八日はひかりんの誕生日だよ。」

「へぇ・・・。・・・・・・え!?」

拓哉は眠気が吹っ飛ぶくらいに驚いた。


「やっぱり知らなかったか・・・。過去に来ちゃって、誰にも気づかれずってのは可哀想だろ?」


――

唯志の話では、戸籍の件で誕生日などは知ってた、と。

拓哉の方で考えてたなら任せるつもりだったけど、そんな感じじゃないし、大人数の方が喜ぶだろうと。


当然拓哉としては何も考えてなかったわけで、今から計画するだけでも大変だ。

それに二人で祝うとなると何をして良いかもわからない。

ありがたい話ではあったが・・・


「でも、プレゼントって何を用意したら・・・?今から間に合うかな?」

「間に合わせるんだよ。何が欲しいのかは俺も知らないから、自分で考えてみろ。」


「うーん・・・。」

拓哉は以前にケーキを買って帰って怒られたのを思い出していた。

(今回も怒られたり・・・?)

とは言え、誕生日に何もなしと言うわけにもいかない。

むしろこのチャンスにどうにか好感度を稼ぎたい。

頭をフル回転して光の欲しがるものを考え始めた。


そんなことをしはじめた頃。

「おはよー!」

光と莉緒が元気にハモって挨拶をしてきた。

女性陣の御到着だ。


「タク君がこんなに早くいるなんて・・・。」

光は少し驚いていた。

「俺だってやればできるんだよ!?」

ついに光にまでいじられていた。

しかし光にいじられるのはまんざらでもない様で、少しニヤニヤしていたが、

「なんじゃ、吉田・・・。キモイで・・・。」

と、御子に辛辣な暴言をプレゼントされた。


――――

地下鉄動物園前駅。

外に出ると目と鼻の先が動物園を含んだ広い公園だ。

最近は綺麗に整備され、カフェなどが立ち並ぶオシャレ空間になっている。


「すごーい。なんかオシャレ―。」

光と御子は初めて見る光景にはしゃいでいた。


「ここってこんな感じだったんだ・・・。もっとさびれているものかと・・・。」

一方の拓哉も動物園どころか天王寺に来るのも初めてだ。

想像していた光景と違ったようで、少し戸惑っていた。


「そういや、なんで動物園なんだ?大阪ならまずユニバか海遊館が思いつきそうなもんだけど。」

唯志は動物園の入り口にエスコートしながら御子に訊ねた。

「言われてみればそうだねー。動物園チョイスはちょい渋いね。」

莉緒も同じような疑問を持ったようだ。

当然の様にその二つにも行ったことない拓哉は、何も口を出さなかったし、出せなかった。


「う・・・。それは・・・。」

御子がバツが悪そうな顔をしている。

珍しく歯切れも悪い。


「?」

唯志も莉緒も不思議そうな顔をしていた。


「それは、その・・・。その二つには彼氏が出来たらデートで行きたいなって思ってて・・・。」

珍しく御子がもじもじと、しおらしくそう喋っている。


「あー、なる。」

唯志はなるほどといった表情でそれ以上追求しなかった。

だが、

「御子ちゃんかわいい~。」

莉緒は満面の笑みで御子に抱き着いていた。

しおらしい御子が可愛かったようだ。

光も同じように思ったのか、ニコニコしながらその様子を眺めていた。


(た、確かにちょっとかわいいと思ってしまった・・・。)


「う、うるさいな!特に吉田!」

御子は恥ずかしそうに拓哉を睨みつけた。

「俺は何も言ってないけど!?」

「うるさい!目つきがうるさい!」

(そんな理不尽な・・・。)


そんなやり取りをしてる間に入り口までたどり着いていた。

大人一人五百円。

恐ろしくリーズナブルだと思うが・・・。


(動物園って結構高いんだな。三百円くらいだと思ってた。)

などと考えている拓哉だった。

これで高いと思ってたら、海遊館とかUSJに行ったら気絶することだろう。


何はともあれ、一行はようやく天王寺動物園へと足を踏み入れた。

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