第101話 side Osaka5 -ラブホ街-

「動き出したよ、唯志君!」

光が唯志の近くで小声で伝えた。


「まぁ慌てなくていいよ。少し離れてからついて行こう。」

「でも、大丈夫?見失わない?」

「急いては事を仕損じるってね。あっちの方はラブホ街だし、事前情報通りだぞ。」

唯志はのんびりとたばこを燻らせていた。


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ターゲットの恐らく三十代男性と二十代女性。

その少し離れた後方を光と唯志が追跡している。


「そんなに凝視したら怪しいぞ。普通にしないと。」

唯志は普段通りだった。

「うっ・・・。」

一方の光はそわそわと落ち着かない様子。


「唯志君、落ち着きすぎだよ・・・。それにしても不倫カップルなんだよね?仲良いの隠す素振りも無いね・・・。」

前方を歩く二人組は腕を組んで歩いていた。

「堂々としたもんだな。っと、俺らもカップルだったっけ?手でも繋いでた方がっぽいか?」

と唯志は光に手を差し出した。


「え、ええ!?」

光は驚いて照れていたが、恐る恐るその手を取った。

(これは役。これは役。仕事。)

と内心で自分に言い聞かせていた。


「何も恋人繋ぎするわけじゃないし、初々しいカップル感でも出しときゃそれっぽいだろ。」

唯志は平然としているが、光は赤面して俯いていた。


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ラブホ街。


「うわー、うわー。」

光は初めて見る光景に、少し恥ずかしがりながら周りをキョロキョロとしていた。

「ひかりん、怪しいから。」

唯志は苦笑しながら指摘した。

「う、ごめんなさい。」

「いや、逆に初々しい女の子の反応っぽいかも。」

唯志はくつくつと笑っていた。


「お、見てみひかりん。このホテルなんてどう?」

急に唯志が大きめの声で言った。

「え、ええ!?ここ、入るの!?」

光は明らかに動揺して声を上げて驚いた。


「フリだってフリ。適当に話し合わせて。」

唯志は光の耳元で小声でそう告げた。

「あ、そっかフリだよね・・・フリ・・・。」

光は内心心臓バクバクだった。

焦りすぎてそわそわしてしまい、明らかに挙動不審だ。


「ひかりん、落ち着けって。」

「うう~。」

「あとほら、場所が場所だけにターゲット以外にも不倫カップルとかいるかもしれないし、ヤバい人もいるかもだから。」

「あ、そっか。・・・ヤバい人?」

光は首をかしげた。


「そう。例えば正面から来るすれ違いそうな男。あれ雰囲気的に堅気じゃないだろ、多分。」

唯志はそちらに視線も向けずに小声で話した。

光は緊張して、チラッとだけそちらを見た。


「・・・ヤバい人なの?私には普通に見えるけど。」

そう小声で聞き返す光に唯志は「多分」と答えるだけだった。


ちょうどその男とすれ違おうという頃。

唯志のスマートウォッチが着信を告げた。


「ん?・・・御子からだ。」

「御子ちゃん?あ、その時計で電話来たの分かるんだね~。」

感心している光をよそに、唯志は電話に出た。

もちろんターゲットたちにはさりげなく目を配りながら。


「御子か?今、ひかりんとデート中で忙しいんだけど。」

「ちょ、唯志君!」

誤解されかねない説明不足に光は思わずツッコんだ。

残念ながら電話先には聞こえていないだろうが。

「来週の土曜日?明日じゃなくて来週の方だな?・・・またかよ。・・・ああ、分かった。」

何やら来週の土曜日の話をしている様だ。

光は御子にデートと説明されてうんうん唸っていた。


「はぁ?日曜日は天王寺の動物園!?・・・いや、行ったことあるけどさ。----」

(動物園?)

光はそのワードが気になって我に返った。


我に返ってふと前方を見ると、ターゲットたちがホテルを決めた様で入ろうとしているのが目に映った。

慌てて唯志の袖を引っ張ってアピールした。

が、唯志も気づいてはいたようで、いつの間にかデジカメを手に持っていた。


「わかった、わかった。悪い、今取り込み中だから詳細は後でな。」

そう言って電話を切った唯志は周りに注意を払いながら手早く写真を撮った。


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「これからどうしよっか・・・?」

光が顎に手を当てながら言っている。


写真は撮った。

そして念の為しばらくの間入口を見張っていたが、出てくる気配はなかったので今頃ホテルの一室でお楽しみ中なんだろう。

二時間程度で出てくるとしても一時間半は暇になる。

流石にそんな長時間ここに居座るわけにもいかない。


「折角だから観光でもしていく?この辺全然知らないだろ?」

と唯志が提案した。

「あー、良いかも!ここってあれだよね!?道頓堀とか言うところあるんだよね!?」

光の目が輝いて楽しそうに返事をした。

どうやら未来でも道頓堀は御健在のようだ。


「だな。その辺見て歩くか。その方がデートっぽいし。」

唯志はニヤッと笑ってそう言った。

「・・・うん!」

光ももう『デート』と言う単語にいちいち反応するのもやめた様だった。


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「美味しいねー。」

光はたこ焼きをはふはふ言いながら食べていた。

二人はひと通り見て歩いて、小腹がすいたからとたこ焼きを食べながら休憩していた。


「まぁ一応本場だしなー。」

「うー、6個じゃ足りなかったー。」

光はしょんぼりしながら名残惜しそうに空になった器を見ていた。

「だろうな。ほら。」

そう言うと唯志は自分の分を差し出した。


「え、悪いよ!」

光はぶんぶんと手を振って遠慮した。

「いや、最初からそのつもりで十二個にしといたから遠慮しなくて良いぞ。」

どうやら唯志は光が足りないと言い出す前提で注文したようだ。


「う・・・。唯志君、もしかして私のこと食いしん坊キャラとか思ってたり?」

光は恨めしそうに唯志を見ながら、それでもたこ焼きはしっかりと受け取っていた。

「さて、どうかな?」

唯志はうっすらと笑顔だった。


どこにでもいる仲睦まじいカップル。

傍からはそう見えていた。

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