第81話 事後処理

拓哉の部屋。

拓哉は光から今日あったことの説明を受けていた。

いや、拓哉には話していなかった以前から悩んでいたことも含めて、だ。


ひと通りの説明を聞いた拓哉は青ざめていた。

唯志の言っていた意味がやったとわかったから。

自分が紹介した宮田のせいで光はしばらくの間悩み続け、そして今日強行に出て光が危険に晒されたこと。

更にそれらの相談が自分ではなく唯志や莉緒にされていたこと。


そうとも知らずに自分は『光の好感度アップ作戦』なんてものを呑気に考えていたのだ。


「タク君・・・?」

光は黙り込んでしまった拓哉を心配して顔を覗き込んだ。


「俺の・・・俺のせいで光ちゃんに迷惑を・・・。」

拓哉はすっかり意気消沈していた。

「ち、違うよタク君!悪いのは宮田さんであって、タク君じゃ--」

「でも、俺が余計なことしたせいで・・・。結局その迷惑も岡村君が解決したんだよね?じゃあ俺って・・・。」

「『そんなことないよ』!タク君にも助けられてるから!」


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「そんなことないよ」か。

まだ俺は何も言ってないのに。

結局俺は・・・


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「岡村君は・・・、平日なのになんで助けに来れたの?」

「んっと・・・、わかんない。多分休み取ってくれてたんだと思うけど・・・」

恐らく宮田の行動を先読みして休みを取ってまで対応したんだろう。

自分との差が歴然すぎて嫌気がする。

結局、出来る人間には何をやっても敵わないんだろうか。


御子みたいな特殊な力が無くてもわかる。

拓哉は落ち込んでいる。

目に見えてわかるほど露骨に落ち込んでいる拓哉に、光は居た堪れなくなってしまった。


「あ、あのさ!タク君!」

光は何とか話題でも振って、空気を変えようと気を使っていた。

「・・・なに?」

「えっと・・・さっきって唯志君機嫌悪かったのかな?・・・怒ってたよね?」


光は頑張って話題を考えては見たものの、逆効果であろう話題を出してしまっていた。

「そうかもね・・・。まぁ俺のせいなんだろうけど・・・。」

拓哉は拓哉で不貞腐れているのか、女々しい返事をしている。

「そう言う意味じゃなくって・・・。唯志君って昔からああいう時あった?」

「・・・あったね。と言うか、割と怒ったりとか感情出す方だと思う。」

「そうなんだ~、意外!」

「意外?」

「唯志君って普段から涼しい顔してなんでもやっちゃうから、感情なんて出さないクールなタイプかと思ってた!」


言われてみれば、光と唯志が会ってから、感情的な唯志は見ていなかった。

大学時代は結構感情的な時も多かったものだが。

大学時代を知っている拓哉から見たらクールとは言い難かった。


「岡村君はクールとは違うかな。冷静なタイプだけど、結構感情的になるよ。」

「そうなんだね!・・・確かに莉緒ちゃんが言うように、完璧超人じゃないのかもね~。」

光は笑顔でそう言っていた。

笑顔でそう言っている光を見て、拓哉は少し安心した。

少なくとも、唯志が完璧な人間ではないと思ってくれた様で自分との差が縮まった気がした。


そう思うと、少しだけ落ち着いた。


「光ちゃん、今日はごめん。」

気が付くと拓哉は珍しく素直に謝っていた。

「何ともなかったし、大丈夫だよ。次は私も気を付けるね!」

光の笑顔で、拓哉の気分も少しだけ晴れた。


「それにしても唯志君もあんな風に怒りを出したりするんだね~。完璧じゃないねぇ」

「確かに、ちょっと出来ることが多いから勘違いしてるけど、完璧ではないのかもね。」

光も拓哉も笑っていた。


そして二人とも同じようなことを言い、同じようなことを思っていた。

奇しくもその内容は同じだが、その意味合いは全く違うことに二人は気づいていなかった。


こうして二人の密かな事後処理は穏やかに終わっていった。


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翌日、木曜日。

時刻は十九時ごろ。


平日ではあるが、『店内』は客で賑わっていた。

ちょうど帰宅途中のサラリーマンや学生などが立ち寄る時間なんだろう。


一人の小柄な男が慌ただしく客と接していた。

「では視力測りますのであちらの列にお並び下さい。」

ちょうど一人の客の購入が決まり、ふうと一息を吐いたところだった。


昨日は酷い目にあった。

勝ち組の俺が、完璧な策を立てたはずの俺が、何も出来ずに退散させられた。

・・・唯志が出てくるなんて予想できるわけがない。

ましてや唯志の彼女になっていたなんて。

だから俺は負けてない。

情報が足りなかっただけだ。


(昨日のことは忘れて、先を見よう。)

宮田は気を改めて前を向くことを考え始めていた。


「すみませーん。眼鏡の機能のことで聞きたいんですけど~。」

背後から客に声をかけられた。

宮田は振り向きながら返事をする。

「はい、なんでしょうか。今専門のものを呼びますので--」


「いや、お前に聞いてるんだよ宮田。」


そこに立っていたのは唯志だった。


「な、唯志・・・!」

「なんだ?この店では客に対してそんな嫌な顔をするのか?」


「・・・何の用だよ?まだ何か・・・あるのかよ?」

「いやいや、大した用事じゃないぞ。ただ、追い打ちかけに来ただけだ。」

唯志は楽しそうな笑顔で言った。

宮田は思わず身構えた。


「お前、大人しく帰ったし連絡先も消しただろ。約束が違うぞ。」

宮田は周囲に聞こえない程度の小声で唯志に迫った。

「あん?約束なんてしてないだろ。俺がどうするか決めるのは俺だけだ。」

宮田は苦虫を噛み潰したような表情で唸っていた。


「これ以上どうしろってんだよ!」

宮田は小声で唯志に怒鳴った。

が、小声な上に低身長な宮田ではいまいち迫力に欠けた。


「別に、何も。ただ、わかるよな?職場にも簡単に来れるし、何かあればすぐに何でもできるぞ?」

唯志はニヤッと笑いながら言った。


「じゃあ、俺は帰るわ。勝ち組さん。」


そう言い残していった唯志に宮田はゾッとしていた。


唯志の行動の効果はテキメンだった。

宮田は元々昨日の時点で光のことは諦めることに傾いていた。

だが、今日の唯志を見て完全に萎縮してしまった。


こいつを敵に回してはいけない。

いや、関わってはいけない。


そう思わされてしまった。

そう思わせるのが唯志の作戦でもあったが、まんまとその通りとなった。


宮田に関してはもう心配ないだろう。

あの怯えようではこれ以上ないであろう事が窺える。

こうして人知れず、唯志は事後処理をすませていた。

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