第80話 勘違いのセレナーデ10

宮田に選択の余地など無かった。

答えは三つ目。

すべて忘れて、光と関わらない。

これを選ぶしか残されていなかった。


「忘れると言ったら・・・動画とかは消してくれるのか?」

宮田は呟くように唯志に問いかけた。


「あ?自惚れるなよ?お前は選ぶだけ。俺がどうするか決めるのは俺だ。」

「くっ・・・、わかった。忘れる。だから警察や会社に報告は・・・」

宮田に来た頃の勢いはなかった。

その佇まいはリストラされたサラリーマンの様に弱弱しくなっていた。


「そうして欲しいなら今すぐ失せろ。目障りだ。・・・ああ、その前にスマホ貸せ。ひかりんの連絡先を消す。」

そう言って唯志は宮田に手を差し出した。

あくまでも妥協はせず、追い打ちをかけ続けるつもりだ。


宮田は力なくスマホを差し出し、連絡先を消去させられた。


「これで良いだろ・・・?頼むから会社には--」

「今回はこれで済ませてやるよ。だが、『次は無いぞ』。次は徹底的に『潰す』からな。」

唯志は最後まで強気で宮田を押し切った。

勢いに押され、宮田は押し出されるように帰って行った。


----

「唯志君!」

光は唯志に抱き着いていた。


「悪い、怖い思いさせちゃったな。」

「うん、怖かった!ダメかと思った!・・・助けてくれてありがとう。」

光は唯志に顔をうずめながらお礼を言った。

体は震えていたし、見えないが顔は涙目なんだろう。

本当に怖かったことが窺える。


「作戦だったとはいえ、遅くなってごめんな。あと、勝手に彼女って事にしたのも悪かった。」

唯志は本当に申し訳なさそうにそう言った。

「ううん、良いの!唯志君、ありがとう!・・・私、嬉しかった!唯志君、私--」


「--え、何?どういう状況?」


間が良いのか悪いのか、今この時この場所に現れそう言ったのは拓哉だった。


拓哉はまさに今この瞬間にこの場に着いた。

状況だけ見たら光が唯志に抱き着いている、この状況で。

唯志に顔をうずめている状況で・・・


--


なに、この状況?

なんで光ちゃんが岡村君に抱き着いてるの?

なにこれ?


--


拓哉は状況が読み取れず、パニックだった。


「た、タク君!?これは違うのっ!」

光は慌てて唯志から離れた。

が、却って誤解を招きそうな挙動だ。

(めんどくさそうなタイミングで来やがったな、この吉田(アホ))

唯志は心底面倒そうな顔をしている。


「光ちゃん・・・どういうこと?なんでこんなことに・・・なってるの!?」

拓哉は酷く動揺したような表情をしていた。

「あのね、唯志君は--」

「そもそも平日のこんな時間に・・・なんで岡村君がいるの!?」

拓哉は光の話を聞こうともせず、質問を繰り返した。


「違うんだって!タク君、聞いて!!」

「岡村君はそもそも彼女がいるだろ!?光ちゃんと浮気してるってこと!?今まで散々協力してたのもそういう目的--」

「タク君!!」

光は大声を張り上げた。

これには拓哉も驚き、ようやく話し続けるのが止まった。


「タク君、ちゃんと説明するから聞いて。」

「でも・・・岡村君には莉緒さんがいるのに・・・」

「だから違うんだって--」


「私がどうかした?」

拓哉と光が言い争いの様な事をしてる間に、気が付くと唯志の横には莉緒が立っていた。


「莉緒ちゃん!」

「莉緒ちゃんだぜ!話は聞かせてもらったよひかりん!この泥棒猫!」

莉緒は光に対して言い放った。

「ちがっ--」

光は慌てて莉緒にも説明しようとしたが--

「アホか。お前面白そうだからってわざと遅れて出てきただろ。」

唯志が莉緒にチョップ喰らわせていた。


「バレタか。」

莉緒は笑顔で舌を出していた。

通称てへぺろだ。


光はぽかーんとしていた。

拓哉は蚊帳の外状態だが、いまだに落ち着いてはいない様子だ。


「莉緒は撮影係。ずっとその辺から見てたよ。」

そう言って唯志は銀杏の木の立ち並ぶ辺りを指さした。

「見せた動画も私が撮ったやつね。なかなか上手く撮れてたでしょ?」

見せた動画というのは先ほど宮田に見せていたやつだろう。

宮田はどうやって撮ったのか気になっていたようだが、答えは別人(莉緒)が撮っただった。


「えっと、莉緒ちゃんごめん。つい唯志君に抱き着いちゃって・・・」

「ああ、良いよ良いよそれくらい。ひかりん怖い思いしたんだし、うちの唯志が役に立って良かったよ。」

莉緒は全然気にしていない様子だった。

光は莉緒が気にしていない様でホッとしている。


「どういうこと・・・?説明してよ。」

蚊帳の外でわなわなしていた拓哉がようやく口を開いた。

少なくとも自分の想像していた様な状態じゃないことはわかったが、それでも意味が分かっていなかった。


「えっとね・・・。唯志君は助けてくれて・・・。」

「助ける?どういうこと?」

拓哉は状況がわからずいちいち説明を求めていた。


「めんどくせえ。」

唯志が言った。


「は?」

「え?」

拓哉と光が同時に聞き返した。

莉緒はやれやれって顔をしている。


「だから、説明とかめんどいって言ってんだよ。この後お前らが気まずくなったらあれだから、一応言っておくがお前の妄想してたような事実はねぇよ。後はひかりんから聞くなり、勝手に考えるなり好きにしろ。」

唯志は少し投げやり気味に言った。

「せ、説明くらいしろよ!なんでこんなことになったのか説明する義務がある!」

拓哉は精一杯反論した。

「義務なんかねーよ。そもそもてめえのせいでこうなってんだよ。てめえで考えろボケ。」

唯志は冷たく言い放った。

唯志は唯志なりに今回の件で拓哉に憤りを感じていたようだ。

「ちょっ、唯志君!」

光は焦って唯志をなだめようとしたが、唯志は本当に説明する気が無い様だ。


「それより、ひかりん。これ渡しとく。」

唯志はバッグから箱を取り出した。

どうやら本当に先ほどの話題は終了にした様子だ。

「えっと、なにこれ?」

光は受け取ると箱を眺めた。

「小型のスタンガン。もう大丈夫だと思うけど、念の為護身用に持っといた方が良い。」

「スタンガン・・・って、電気が出るやつ!?」

「そうだよー、私のとお揃いなんだよー。」

莉緒はじゃーんとばかりに自分のを取り出して見せた。


「一応危ないからちゃんと説明書読んで使うんだぞ。じゃあ俺らは帰るわ。」

唯志はそう言うと背を向けて軽く手を振ってから歩き出した。

「え?もう帰るの?じゃーねー、ひかりーん。タクくーん。」

莉緒はそれについていく。


「ええ?ちょっと・・・。唯志君!莉緒ちゃん!ありがとー!」

光は二人に向かってお礼を言っていた。


拓哉は唯志に吐き捨てられた言葉が気になって、放心状態だった。

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