第74話 勘違いのセレナーデ4

水曜日。

一昨日辺りから宮田のyarn連打は全く無くなって、光は少し安心していた。

流石に飽きてくれたんじゃないか。

昨日その事を唯志に告げたら「まだ油断はしないで」と連絡があったので、警戒は続けているが、yarnが来ないだけですごく楽になった。


どうかこのまま何事も起こりませんように、と祈るばかりだった。


--

一方その頃の拓哉。

今日も『つまらない』仕事をしているフリだ。

頭の中では先日の『失点』を取り返そうと、躍起になって考えていた。


そして相も変わらず野村とyarnをしていた。


[サプライズでケーキ渡して怒られるんだったら、これ以上どうしたら良いのよ?]

[まぁでも光ちゃんの言うこともわかるけど。むしろ乞食なことされるより良くないか?]

[そりゃあ金づる扱いされるよりは良いけどさぁ・・・。でも好感度稼ぐ方法が無いじゃん。]


拓哉のこの意見に、呑気な野村でも流石に違和感を覚えた。


もっと人間性とかで好かれる気は無いのか?

そもそも光ちゃんが帰る手伝いをするって本来の目的はどうした。

そっちを頑張れば好感度も上がると思うが・・・と。


[タクさー、帰る方とかの協力ももっと頑張ってみたら?それの方が喜ぶんじゃない?]

拓哉はこの野村の意見に少し憤りを感じた。

--まるで俺が頑張っていないかのようだ。

(実際最近は調べたりもしてないから全く頑張っていないが。)

[いや、俺だって何とか空き時間見つけて頑張ってるよ。]

[そうなの?収穫は?]

[・・・ないけど。でもさ、その方法で好感度稼いだところで、光ちゃん帰っちゃったら意味ないじゃん。]


もはや本音がダダ漏れだ。

拓哉はいつの間にか光が帰れない前提で考えている。

--無責任にも「きっと帰れる」などと声をかけていたのに。

流石の野村もこの発言に少し引いた。


[じゃあタクは光ちゃん帰らせない方向で動くってこと?]

[そう言うわけじゃないけど・・・。でも無理じゃない?現実的に。]

拓哉の言うことは一理あるんだが、言ってることとやってることと本音がちぐはぐになっている。


結局のところどうしたいのか、相談を受けてる野村もよくわからない。

(こいつはどうしたいんだよ・・・)

そんな思いを抱きながら相手をしていた。


「吉田君、精が出るね。」

野村とのyarnに夢中になっていた所、横から課長に声をかけられた。

「あ、えっと・・・・」

「何か緊急かい?」

「あ、いえ・・・」

「なら仕事に集中して。」

「はい・・・すみません。」


仕事そっちのけでスマホばっかりいじっていて流石に注意された。

当たり前だ。


(くそっ。こっちは人生の一大事だってのに!)

悪いのは自分だが、何故か心の中で文句を言っていた。

反省の色は見えない。


--そもそも拓哉と光だと向いている方向が違う。

光とどうにかして仲良くなって付き合いたい拓哉。

一方の光は未来に帰りたい、少なくとも今は現代での生活基盤を作りたいといったところだ。

その方向性の不一致がある限り、拓哉の思い描く作戦に効果があるとは考えられない。


だが拓哉はそんな初歩的で大事なこともわからなくなるほど現実を見失っている。

見失い過ぎて仕事すら手に着かない状態に陥っていた。


拓哉が今すべきことは、自分がちゃんとした生活をして光を安心させること。

そして光の未来に帰るという目的に真面目に向き合うこと。

この二つであろうが・・・

当の拓哉は光のことで頭がいっぱいだった。


----

どうする?俺。

ノムさんに言われたように好意を伝えてみるか・・・?

いや、それはダメだ。

なら何か良い方法は・・・


そうだ!

図書館だ!

土日に図書館に誘おう。

何か調べてる感も出せるし、図書館デートってのも悪くない。

好感度も稼げるし、親密度もアップすることだろう。


そうと決まればさっそく今日誘ってみよう。

今週の土日はお互い暇なはずだし、問題ないはずだ。


--拓哉は拓哉で何か違う方向に暴走を始めた。

もう手段と目的がごちゃごちゃだ。

果たして拓哉の計画通り上手くことが運ぶのだろうか・・・


----


決行は今日。

時間は夕方ぐらいが良いだろう。

光ちゃんに『わからせた』あとに、吉田にも『思い知らせればいい』。

必然的に夕方、吉田が帰宅する前くらいの行動が良い。


準備は出来ている。

行動の開始は十五時。

この辺りがベストだろう。


計画は完璧だ。

ならもっと先のことに目を向けるべきだろう。

勝ち組は常に先を見なければならない。


さしあたっては今夜の祝勝会だな。

二人で祝うことになるわけだから、二人分用意しないとならないな。

高級なステーキでも買ってこようか。

そしてケーキなども必要だろう。

吉田の家では味わえないような『勝ち組感』を与えてやろう。


午前中はその準備にあてようか。

そう考えて宮田は行動を開始した。


--この男『宮田』は、既に光は自分のものとなる前提での行動を開始した。


宮田の計画と言うものの決行は本日。

宮田の家から拓哉の家まで少し距離はあるものの、拓哉の帰宅前に何らかの行動を起こす計画の様だ。


そうとは知らず、拓哉は拓哉で自分の計画に躍起になっている。

光は気づいているのだろうか。

事の重大さに。

自らに向けられている『悪気の無い悪意』に。

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