第72話 勘違いのセレナーデ2

光と莉緒が帰路に着いた頃。

拓哉は一人で部屋にいた。


今日は光がバイトなので、家で一人ごろごろして過ごしていた。

滞っていたイヌ娘のイベント消化が捗って、内心ホッとしていた。


ふと時間を見ると、夕方に差し掛かっていた。

--そろそろ『計画』の為に動いた方が良いか。


計画と言うのは、先日思いついた光にプレゼント作戦のことだ。


バイトで疲れているであろう光。

帰ってきたらなんとスイーツが!!


うん、完璧だ。


喜ばない女性はいない事だろう。

(完全に偏見だが。)


そう思い、拓哉は近所のケーキ屋へと足を運んだ。


思えばここに住んで三年近くなるというのに、このケーキ屋には初めて来た。

何か大人になった気分だ。

(何がかはわからない。)


しかしここで大問題が発生した。


『光の好みのケーキがわからない』


行き当たりばったりで、下調べもしていないから当然なのだが、拓哉には盲点だったようだ。

とりあえず目についた華やかなケーキを四個ほど買う・・・という結論に至るまで十五分を要した。

店員にはさぞ不審がられたことだろう。


だが目当てのものは手に入れた。

これだけ種類を買えば好みのものくらいあるだろう・・・

万が一、ケーキ自体が嫌いだったとしたら自分で食べれば良い。


目的を遂げた達成感からか、拓哉は無駄にポジティブに部屋へと帰って行った。


----


「ダメだよ、タク君!」


光がバイトから帰ってきた後。

拓哉は光に叱られていた。

ここまで真っ向から「ダメだ」と言われたのは初めてかも知れない。

(以前に遅刻癖をやんわりと是正されたことはあったが。)


--事の発端は拓哉が光の為に買ってきたケーキだ。

光もさぞ喜ぶだろう、好感度アップだとウッキウキで光の帰りを待ったいた拓哉だったが、光の反応は予想外のものだった。


「ただでさえ私を抱えててお金かかるのに、私の為にそんなことしちゃダメだよ。住ませて貰って、食べさせてもらってるだけでもありがたいのに。」

光の意見は至極全うだった。


「うっ・・・。それはそうだけど、光ちゃん疲れてるだろうし喜ぶかなって・・・。」

「気持ちはすごく嬉しいよ!でも、これ以上タク君に迷惑をかけれないよ!」


拓哉は思っていた反応と違い、しょんぼりした。

好感度アップどころか、これ下がってるんじゃないのか。


拓哉の考えはわからなくもなかった。

男性から女性にサプライズでケーキを買って帰る。

喜ばれるシチュエーションだろう。


だがそれは『普通のカップル』や『夫婦』などの場合だ。

光の様に居候の立場なら、負い目を感じていても不思議ではない。

要するに、拓哉の一人よがりな作戦だったということだ。


光の普段の態度を観察していたらわかりそうなものだが、若干舞い上がっている拓哉は普通のカップルの様なシチュエーションばかりを妄想していた。

それ故に全く気付けなかったのも無理はない。


「でも、ありがとうタク君。折角だし食べようか。」

叱られはしたものの、光は笑顔でそう言ってくれた。

少なくとも喜んではくれた様だ。

それが救いだった。


--ケーキは美味しかった。

美味しかったが、光に叱られたことで気分がブルーな拓哉は素直に味を楽しめなかった。


元々『普通の人』はこの様な経験を経て大人になっていく。

拓哉にとっては少し遅れた青春経験の様な物で、次から気をつければ良いだけの話だ。

だが、経験値が全くない拓哉は人並み以上に気にしてしまう。

露骨にしょんぼりして、口数も皆無になってしまった。


「このケーキ美味しいね。ありがとねー。」

光は申し訳なさからか、必要以上にお礼の言葉を口にした。

余計に気を使わせてしまっているのだが、拓哉は自分のことに手いっぱいで全く気が回っていなかった。


--


『この失点は、何とか取り返さなければならない』


--


拓哉の頭の中は、そんな思いでいっぱいだった。


----

一方の唯志宅。

莉緒がゲームをして遊んでいる。


玄関がガチャッと音を立てて開く音がした。


「お?唯志おかえりー!」

「おー、ただいまー。」

唯志が出張から戻った様だ。


「ひかりんの様子どうだった?」

「んー、今のところは普通。宮田って人のyarnが連打で来るから怖いって言ってた。」

「やっぱりそうか。」

唯志は出張しながらも宮田のSNSを監視していたので、ある程度察していたようだ。


「あと唯志が出張中って言ったら不安がってたから、帰ってきたって教えとくね。」

そう言って莉緒はyarnで光にメッセージを送った。


光からの返信は早かった。

「なんか安心したってー。あと、今日はタク君もいるからもう大丈夫って言ってる。」

「りょーかい。」

そう言って唯志はスーツを脱ぐと、すぐにホームポジションに座った。


「まだなんか調べるの?」

さっそくPCと向き合っている唯志の横から顔を出した。

「宮田の監視。いつ強行にでるかわからんからな。情報もあるだけ集めたい。」

「なんか唯志がストーカーみたい。こわいこわい。」

莉緒は爆笑した。


「しゃーないだろ。」

「唯志に標的にされた人って可哀想だねー。」

莉緒は相変わらず笑っている。


「俺はともかく、俺みたいな専門家じゃなくてもこの程度のことは出来るんだぞ?莉緒も気をつけろよ。」

「アイサー!まぁ普通の人には無理だろうけど。」

そう言って莉緒はベッドでゴロゴロし始めた。

唯志が何を考えて、どんな対策をとるのかはわからない。

だが、信用しているからこその余裕なんだろう。


----


一方で唯志は考えていた。


現状では打つ手がない。


警察に行けないひかりんは被害を訴えられない。

訴えたところで、現状では警察は動かないだろう。

だからこそ強行策として宮田を無視するように指示をした。


後は相手が『しびれを切らして』くれれば良いが・・・

その際にどう動いてくるか。


それ次第だ。

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