第71話 勘違いのセレナーデ1
土曜日。
光の未来に戻る件について何の進展もなく、必然的に暇な普通の休みになった。
この日、光にはちょっとした予定があった。
昨日、莉緒から日雇いバイトのお誘いがあった。
身分証明も要らないタイプのバイト。
相変わらず学生の伝手でってやつだ。
拓哉に世話になっている身ゆえに、この手のお金が稼げる誘いは大変ありがたかった。
可能なら早くお金を稼いで自立した方が迷惑をかけずに済む。
だからこういう少ない機会は逃したくなかった。
夏の日中の外の仕事と言うこともあって凄く疲れた。
--しかしやりきった。
光は満足感に満ちていた。
未来ではあまりないタイプのバイト。
当然勝手もわからない。
莉緒がいなければ戸惑ったことだろう。
相変わらず連絡先の交換を求められることも多かったが、前の経験もあり今回は断ることにも慣れてきた。
それらすべて含めてやりきった。
なんだかんだで自分も成長しているんだなと実感していた。
「おつー、ひかりん」
バイト後のロッカールームで莉緒が話しかけてきた。
思えばバイトを開始してから話す機会が無かった。
それくらい忙しかった。
「お疲れ様、莉緒ちゃん。今回もありがとう。」
「いやいや、大したことはしてないでござる。」
「ござるってなに。」
光も莉緒もバイトが終わった解放感からか、くだらないことで笑顔になっていた。
「そうそう、唯志から聞いてるよ。この後時間ある?少しその辺で話て行こっか?」
そういう莉緒の提案は、光にとってありがたかった。
光の方から切り出すつもりだったので、非常に助かった。
「で、どうなの?その後は。」
適当に入ったカフェで、注文が届くと共に莉緒が質問した。
「うーん・・・唯志君に言われて無視し始めたけど、yarnの通知が増えてる気がする・・・」
「まぁそうなるよねぇ。」
「大丈夫かな?」
「唯志に強行策って言われてるんでしょ?ならもう少し我慢してみて。」
「そうだよね。うん、そうする!それに、その内飽きてくれるかもしれないよね!?」
「まぁそうなればベスト・・・って唯志が言ってたよ。」
「そうなってくれないかなぁ・・・」
実際のところ、この対応が正解かは唯志だってわからない。
いや、多分誰にもわからない。
何故なら相手に理屈が通用しないから。
莉緒も経験上この手の状況になったことが無くは無い。
その時も散々な思いをしたが、結局のところどうすれば正解だったのかわかっていない。
だから『なんとも言えない』でいた。
唯志は何をするかわからない相手だからこそ、少しでも主導権をとる為にそう指示しただけだ。
その結果どうなるか、ある程度は出たところ勝負になる。
だからこそ相手の動向を探り、考えられる可能性に対する対策を考えていた。
「そう言えば、その唯志君は何か言ってた?」
光はふと唯志のことが気になった。
「いやー、それが唯志は昨日から出張行っててね。今日の夜には帰ってくるんだけど、会ってないんだよね。あ、ひかりんの件は出張中でも調べてると思うよ!」
どうやら唯志は出張で不在の様だった。
昨日からと言うことは、光の就籍対応をしてすぐに出張に行ってることになる。
--かなり忙しい合間を縫って時間を作っている様だ。
「そ、そうなの!?そんな状況で私の就籍とか、ストーカーっぽい人の対応とかしてて大丈夫?疲れてないかな?」
「んー、まぁ疲れてるかもしれないけど大丈夫じゃない?唯志だし。」
「そんな、適当な・・・。嫌がってたりとか・・・ないの?」
「大丈夫だよ。唯志ってああ見えて無理なことは無理って言うから。黙って動いてるうちは無理してないよ。」
(そうなんだ)と光は思った。
なんでも平気な顔をしてやってしまう唯志が、「無理」なんて言うところ想像できなかった。
光はまだまだ唯志のことを理解できていないんだと痛感した。
それと同時に莉緒が羨ましくなった。
言わなくても通じ合ってる恋人同士。
未来にもいるにはいるんだろうけど、確実に少なくなっている。
--羨ましい。
恋愛に全く興味のなかった光だが、二人を見ていてそう言う思いが芽生えていた。
「私にも、何か出来ることないかな!?」
光は少しでも唯志と莉緒の負担を減らそうと、自分にもできることが無いか考えることにした。
「どうだろね。こういう場合相手は『普通』じゃないから。普通に考えたらだめなんだよね。」
莉緒は達観したようなことを言い始めた。
過去に何かしら痛い思いをしているのだろうか。
「でもほら、少しでも役に立てるなら!」
「まぁ考えるのは唯志がやってるから任せた方が良いよ。なんだかんだで頼れるぞ、唯志は。」
莉緒はそう言ってニコッと笑った。
莉緒は唯志のことを信頼しきっている様だ。
それもまた羨ましくもあった。
「こういう時って下手に周りが動いちゃうよりは、指示に従った方が良いよ。唯志もその方が喜ぶと思う。」
「・・・そっかぁ。」
確かにそうかもしれない。
光はそう思った。
自分の浅知恵で下手に動くと余計な事態を招くかもしれない。
--そもそもこの状況がそうなのだから。
「わかった。今は唯志君の指示を待つね!」
「そうそう、それで良いよ。とりあえず今すぐ何かがありそうじゃなくて良かったよ。今は唯志いないからね~。」
本当にその通りだ。
今この瞬間に何かが起きたら、唯志も頼れない。
それが一番困る。
今日のバイトは莉緒からの提案だ。
提案されたのは昨日。
もしかしてこれも唯志の指示なんだろうか?
その後も莉緒と話を続けていたが、それが気になってしょうがなかった。
「ねぇ莉緒ちゃん、今日のバイトって唯志君のアイデア?」
「んー?さて、どうだったかな。」
莉緒は笑っていた。
恐らくそうなんだろう。
「さて、時間も良い時間だし帰ろうか。今は暗い時間は避けた方が良いし。ひかりんの家まで送っていくよ。」
「え!?・・・もしかしてそれも唯志君の?」
「まぁそんなとこ。素直に頷いておけー。」
そう言って莉緒は笑顔で席を立った。
この二人には本当に助けられる。
頼りになる唯志と、いつも笑顔で優しい莉緒。
未来でもこんなに人に助けられたことは無い。
光は大変な状況だけど、とても幸せな気分で莉緒と帰って行った。
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