第62話 時妻村6

「まぁ妥協点としてはそんなところか。良いよな、吉田?」

(全然よくないけど!!?)

唯志の言葉に心の中でだけ強めの突っ込みを入れる拓哉だった。

だが、表面上は無言を貫いている。


若干不機嫌そうに見える拓哉に、唯志が他には聞こえない様に小声でフォローを入れた。

「あのな、ここらへんで妥協しないとひかりん盗られるぞ?ここは嘘でも納得した表情しとけ。」

そう言われて唯志なりに気を使った結果だと言うことには気づいた拓哉だった。

だが、やはり胸中は複雑な思いでとても穏やかではなかった。


「タク君、ごめんね・・・。嫌・・・だよね?」

光が目を潤ませながら申し訳なさそうに拓哉に言った。

「大丈夫だよ!そうだね、俺が一緒ならとりあえず生活は何とかなるよね!」

光に言われると断れない拓哉だった。

その言葉を聞いて光は目を輝かせた。

拓哉はやったった感で安堵していた。

(実際には流されているだけだが。)


「まぁしゃーないな。それで妥協したるわ。」

相変わらずなんで上からなのか。

拓哉はそう思った。

ここまでのやり取りでも拓哉と御子は性格的に合わない気もするのだが。


「僕からも少し疑問があるんだが、良いかな?」

そう言いだしたのは間宮だった。

「なんじゃ?」

御子は少しうんざりした表情で言った。

「そもそも何で我々にそれを頼むんだ?君なら能力的にも家柄的にも引く手あまただったろうに。知り合ったばかりの僕たちに頼むことかい?」

(確かに。)と拓哉は思った。

見渡すと恵や光も似たような感想を持ったであろう顔をしていた。


「『だから』ですよ。ついでに色も見えるんだろうし、簡単な話だ。」

と、答えたのは唯志だった。

「なんや、わかるんか。」

御子は感心した顔をしていた。

「どういう意味かな?唯志君。」

間宮はまだよくわかって無い様だ。

それは拓哉たちも同様だった。


「寄ってくる人間が能力や家柄目当て。しかもそれが能力でわかっちゃう。信用出来ないよね。」

答えたのは莉緒だった。

莉緒も似たような経験があるんだろうか。

「そういうこと。まぁ気持ちはわからんでもない。」

唯志も頷いていた。

御子は相変わらず不敵な笑みだった。

「まぁそういうこっちゃな。あんたらは信用できそうやしな。間宮と恵と莉緒は能力目当てで来たみたいやが、悪意はなさそうやし。」

御子は御子なりに苦労もあったんだろう。

拓哉は何かを察して達観した気になっていた。


当然、気持ちがわかっている唯志も莉緒も似たような経験があるんだろうが、そこまで気が及ばない拓哉であった。


「それはそうと御当主様よ。それだけの人数で住むってなると、それなりの広さのマンションになるのはわかってるのか?」

と唯志が現実的なことを言っている。

「あー確かに。しかも男女混合となるとねぇ。」

久しぶりに恵も口を開いた。


「うちも色々調べとるで。この人数なら『さんえるでぃーけー』とやらにすればいいんじゃろ?」

と御子は勝ち誇った様に言った。

「3LDKってもはやファミリー用だよ?家賃高いよ?」

と莉緒が突っ込んだ。

「せやろな。月五十万くらいあればええか?問題ないで。」

どうやら御子の金銭感覚はぶっ飛んでいた。


「まぁ御当主様の金銭感覚とかは後々矯正するとして、とりあえず大丈夫そうだな。」

と、さすがの唯志も若干呆れ気味に言っていた。


その後、御子が大阪に移住する際の細かい話し合いが行われた。

拓哉は会社の家賃補助制度を利用しているため、今の部屋は借りたまま中身だけ御子の部屋に移住することとなりそうだ。

いずれにしても九月以降になる為、準備期間は十分にある。

むしろ拓哉は気づいていないが、男性特有の問題の方が後々困る事になると思われる。


御子の移住先は唯志の部屋の近くにすることになった。

その方がいざとなった時に唯志や莉緒がすぐに駆けつけることが出来るからだ。

拓哉の通勤にもそこまで支障が無い。

(会社に申請している交通手段や交通費などの問題はあるが。)


そして、引き続いて光を保護している体での話のすり合わせが終わったころ、間宮が口を出してきた。

「そろそろいい時間だよ。帰る事も考えた方が良いね。」

「あ、ほんとだ。もうこんな時間。帰らなきゃだね。」

恵も驚いた様子で言った。

時刻はいつの間にか十八時頃になっていた。


「間宮さんも色々聞きたいことあったんじゃないですか?大丈夫ですか?」

光は申し訳なさそうに間宮に言った。

「大丈夫だよ。それに大阪に移住してくれるなら、また話す機会もありそうだ。ただ、一つだけ教えてほしいんだが。」

「なんじゃ?」

「君たち西条家の様な特殊な能力を持った他の流派はあるのかい?」

「もちろんあるぞ。他の流派のことは基本的に話さへんが。」

「はは、そうだろうね。ただ、その中に光ちゃんの問題を解決出来そうな人たちはいないのかい?」

と間宮は間宮なりに光の問題のことも考えていたようだ。


「おらんなぁ。さっきも話したように、うちらは便宜上霊能力者って名乗っておるが、陰陽師を祖とする占い師みたいなもんじゃ。特殊な力はあるが、光の問題は完全に門外やな。」

霊能力者の一族と言う不思議な存在に出会えたものの、光が未来に帰るという目的は今回も進展なしの様だ。


「まぁ就籍許可をとるのに前進しただけでも収穫はあっただろ。」

唯志は少しは前進していると思っている様子だ。

或いは唯志は光が少しでも元気が出る様に言っているだけかもしれない。

そんなこととは全く気付かない拓哉は、少ししか前進していない事に若干不服だった。

(自分は何もしていないのに。)

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