第三章 日常時々非日常

第41話 拓哉のお仕事

--翌日。2021年6月16日水曜日

拓哉はいつも通りの『つまらない』仕事をしていた。

客先の仕様書を読み込んで、とりあえず設備の概要を把握する。

そして細かい部分を決めていく。

慣れていたらパターンと言うものがあるのだろうが、拓哉はまだ三年目。

慣れなどで解決出来る部分も少なく、日々勉強していく必要があった。


そんな仕事の合間に、先日の件の調査も進めていた。

取り急ぎは川俣さんの得られるだけの個人情報の入手。

そして本日の朝田部長の予定がわかれば報告。


昨日までは唯志の案で半ば強制的にやる事になった『仕事』に不満もあった。

だが、今日になって拓哉はやる気に満ちていた。

よく考えたら『拓哉にしか出来ない仕事』なわけだし、探偵の協力をしているという非日常も悪くない。

自分が特別なことをしているという事実が拓哉を盛り上げていた。


(それに、探偵・・・スパイみたいなことするのってなんかかっこいい)

月並みな思いではあるが、男なら憧れても仕方ないシチュエーションだ。


川俣さんの個人情報・・・ってのは結構簡単に見つかった。

まぁ氏名、生年月日、出身が兵庫県って程度だが。


拓哉の会社には社員専用のネットワークがあり、お知らせなどの通知がアップロードされるインフォメーションがある。

そこには新入社員や中途採用者をニュースとして記事で紹介しているのだが、そこに書いてあった。

顔写真付きだし、このデータをそのまま送ってあげれば良いだろう。

と言うか、こんな情報を社員なら誰でも持ち出せるって、この会社大丈夫か?

余談ではあるが拓哉の心配の通り、拓哉の会社のセキュリティ管理はザルだった。


流石に会社のメールアカウントから・・・と言うか会社のPCから送るのは足が付きそうだったので、データだけを拝借した。

情報の送信だけならスマホに転記して送れば良いし、データは後ほどで良いだろう。

しかしUSBメモリでデータ抜き放題って、この会社大じょ(略)


「ふぅ・・・」

一仕事終えた・・・という雰囲気で拓哉は息をついて体を伸ばしていた。


「今何してんの?」

ふいに後ろから話しかけられた。

拓哉はドキッっとした。

(個人情報データ抜いてるの・・・バレた・・・?)

ドキドキしながら後ろを振り返ると、そこには同じ課の鷹森主任が立っていた。


「えっと、どういう意味ですか・・・?」

拓哉は恐る恐る探りを入れた。

「ん?どういう意味って?今何の仕事ふられてるのかなぁって思っただけやでー。」

(ああ、そういう意味か)

拓哉はホッとした。個人データ抜いてるのがバレたのかと思ってかなり焦った。


「えーっと、今は△〇×重工業のろ過設備の詳細設計を・・・」

「あー、アレね!吉田ちゃんもやってんだ。で、どうなの?」

鷹森は上機嫌で拓哉に訊ねた。

(どうなのってなんだ?ざっくりしすぎだろ。)

「えっと、調べることが多くて・・・何とかかんとか進めてます。」

「まぁねー。その辺は慣れだよね。吉田ちゃんならすぐに慣れるから大丈夫やろー。」

鷹森はその後も拓哉の仕事の資料を眺めながら、ここはどうした方が良い、ここはこうするべきと講釈を垂れてきた。

拓哉は正直鬱陶しいと思っていた。

講釈を垂れるのは結構だが、この人は何の仕事をしてるんだろうか。

いつも誰かと喋ってるだけで、何らかの案件に携わっているのを見たことが無い。


そんな折、拓哉はふと思いついた。

この人は飲みに行くのが好きだったはず。

そして喫煙者だ。朝田の今日の動向も知っているかもしれない。

「鷹森さん最近飲みにとか行ってるんですか?」

「いやー、ボチボチやで。」

「へぇ。誰と行くのが多いんですか?『朝田部長』とか?」

「いやいや、朝田さんとは最近は無いな。朝田さんは今日も誰かと飲みに行くとか喫煙所で言うてたけど。」

「そうなんですか?誰と行くんですかね?」

「確か---」

そうやって今日の朝田の動向は掴めた。

(これは我ながら自然な流れで上手く聞き出せた!)と拓哉は一人で満足していた。

その後鷹森は一通り話して満足したのか、笑顔で喫煙所に消えていった。


(しかしあの人本当に何してるんだろ?何しに会社に来てるんだ?)

拓哉はそんなことを考えながら作業の続きに戻った。


拓哉は今手に入れた今日朝田は飲みに行く、相手は川俣さんじゃないという情報を佐藤にyarnで送った。

これには拓哉も良い仕事をしたと満足感を感じていた。

しかし残念な事に佐藤が欲しい情報は朝田と川俣が『接触する』情報の為、拓哉のこの情報はそこまで重要ではないのだが、拓哉はその部分に気づいていなかった。


その後・・・

拓哉も探偵の仕事の手伝いに充実感を覚えたのか、積極的に川俣の情報を集め始めた。

雑談の度に隙あらば他の人の情報を軽く聞き出すようにし、チャンスがあれば川俣の話題にして情報を聞き出そうとした。

そうやって拓哉の『探偵』のお仕事は毎日続いていくこととなるが、ひとまず今日の仕事は終わった。

拓哉は『やり切った感』に満たされながら、光の待つ部屋へと帰る帰路に着いた。


そして、拓哉のもたらした情報から佐藤が朝田の浮気現場を押さえ、修羅場を迎えたのはこの一週間後のこととなる。

拓哉の会社でも中々の騒動になるのだが、それはまた別の話。

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