第33話 side 佐藤

時間は少し遡って、佐藤が拓哉を発見し、尾行を始めたところ。


佐藤は現在阪神電車の車内で、拓哉と同じ車両に乗り込んでいる。

偶然の発見に思わず後をつけてしまったが、失敗した。

現在は朝田の張り込み真っ最中だったというのに。

間宮の依頼とはいえ、正式な依頼じゃない。おつかいみたいなもんだ。

金が貰えるわけでもない。完全に失敗した。


まぁでも佐藤自身先日の一件は気になっていた。

その上こんな偶然なかなかあるものじゃない。

せっかくだしこのまま尾行を続けてみる。

ついでに間宮にyarnでメッセージを送る。


[例の件の二人組のうち男の方を見つけた。現在尾行中。]


間宮からはすぐに返事が来た。


[マジか!?すげーな、探偵!今日ちょっと手が離せないし、明日にでも話を聞きたいな。何とかなるか?]


更に面倒なことを言い出した。


[やれる限りでやってみる。結果は後で連絡する。]


さて、どうするか。

とりあえずこのままつけて、通勤ルートを押さえるか。

そう考えてる間に拓哉の方が動いた。

どうやら電車を降りるようだ。当然佐藤も後を追った。


(乗り換えか?出てくれると話が早くて助かるんだが。)


この駅では特急や急行といった速度の違う電車が止まるため、各駅停車からの乗り換えで降りる人もいる。むしろそっちの方が多いまである。

もしここで乗り換えるようであれば、かなり遠くまで行くことになり若干面倒くさい。

が、そんな佐藤の心配も杞憂に終わった。

尾行相手の男はスムーズに改札の方へ向かっていった。

この駅では他の鉄道会社との接続などもない。

会社帰りに一人で寄るような街でもないし、ここがこの男の家の最寄り駅なんだろう。

通勤ルートを掴めたのはラッキーだった。

もし万が一ここで見失っても、再度見つけるのはそう難しい話じゃない。

或いは交際相手の家などに向かっているなどもあるかもしれないが、まぁそれはそれで良しだ。


それはそれとして、どこまでつけるか。

一応依頼人の間宮の要望だと、明日には話でも聞きたいとのことだった。

ということは、そろそろ接触しないといけない。

家まで到着されたら手間・・・というか、あの雰囲気だ、どう見てもインドア派。

もう出てこないかも知れない。

ならそろそろ接触を図るか。

そう思い、佐藤は動き出した。


「すみません、ちょっと良いですか?」

佐藤は男の肩を叩いて呼び止めた。


「あ、えっと・・・なんでしょう?」

男はかなり驚いた様子でおどおどとこちらを見てきた。

目は泳いでいるし、若干俯いた感じ。

佐藤は(こいつは間違いなく『陰キャ』だな)と確信した。

この男の様なタイプは警戒心が強い。

変に不審がられるより、ある程度こちらの情報も出して優しく対応した方が良さそうだ。

佐藤はぱっと見でそう判断した。


「呼び止めてすまないね。単刀直入に聞こう。先日の土曜日梅田で発光事件があったのは知っているね。そしてその現場に君もいたよね?」

男は黙り込んでしまった。

かなり焦りの表情が見て取れる。明らかに不審だ。

これは『当たり』かもしれない。

少なくとも先日の件で何かがあるのは間違いなさそうだな。

とはいえ走って逃げられたりしても面倒だ。こちらから助け舟を出すかと考えた。


「驚かせてしまってすまないね。少し話が聞きたいだけなんだ。先日の梅田での発光事件について調べていてね。その現場に君と女性が二人でいたと思うんだが、違ったかな?」

出来るだけ丁寧に、相手を刺激しない様に、警戒されない様に言葉を選んだ。

様子を見ていると、何やら男は決心した様子だった。

明らかに目に力が戻った。

(わかりやすいな。)


「ええ、確かに土曜日は梅田で謎の光が起こった場所にいました、あなたは一体何者ですか?」

(乗ってきたか。)

「やはりか!実は私もその現場に居合わせていてね。あ、申し遅れたが私はこういう者です。」

正体は先に明かした方が良い。

警戒心がぐっと下がるし、何より『探偵』という肩書は色んな憶測を勝手に生んでくれる。


「佐藤さん・・・探偵ですか。」

男の表情を見れば分かる。

(ほら、勝手に何かを思いついて、納得した感じだ。)


「その探偵さんが僕に一体どんな用ですか?やっぱりあの光ったやつ、何かの事件なんですか?」

先ほどまでとは打って変わって、言葉に力強さが宿っている。

何やら優位に立てるつもりでいるらしい。

まぁ関係ないが。


「先ほども言ったように、少し話が聞きたいだけだ。それと、何かの事件なのかどうなのかを調べているところだよ。とはいえ、今日は急に押しかけてしまったからね。後日改めて話を聞かせて頂きたいんだけど、どうかな?」

と佐藤は提案した。

実際のところこれが目的だっただけだ。

あっさり乗ってくれたらそれで良い。

だが先ほどまでと違い余裕のある表情を浮かべる男は、恐らく自分の優位を確信しているのだろう。

良い条件はもらえない気がする。


「そうですね。じゃあまた時間がある時にこちらから連絡させて頂きますので・・・」

(ほら、こう来た。そのまま有耶無耶、或は困った時に利用する算段でもしてるかな。)

佐藤は内心少し腹が立っていた。

この目の前の男に優位な交渉をしている・・・と思われている事だ。


(まぁ有耶無耶は困るしな。少し怖がってもらうか。)

「そうだな、明日は時間があるかい?出来れば土曜日にいた女性と一緒に話を聞かせて欲しいな。特に女性の『正体』とかを、ね」


ただカマをかけてみただけだが、明らかに男に動揺した。

(わかりやすいな。明らかにやましい何かがあるね。もうひと押しするか。)

「家はこの『近所』だよね?明日またそこの駅の改札まで迎えに来ようか?それとも『君の会社の』最寄り駅の方が良いかい?」

そういうと、男の表情はみるみる青ざめていた。

これも可能性が高いものを言っただけ。勝手に意味深にとらえてくれて助かる。

(この表情からして、かなりまずいみたいだね。この話題。警察に通報ってのもなさそうだ。されても問題ないけど。)


そしてダメ押しとばかりに佐藤は告げた。

「じゃあ、明日。時間とかは任せるから、彼女の方と都合を合わせて名刺の電話番号まで連絡をよろしく。出来れば今日中だと助かるよ。」

そう言って佐藤はその場を去った。

去ったと言っても拓哉が見えなくなる位置までだ。

そこから様子を見ている。

(これだけ脅しておけば、まぁ連絡は来るだろう。連絡が来なかったら押しかければ良いだけだ。)


間宮からの依頼はこれで良いだろう。

後は間宮と連絡を取り、彼らに話を聞くだけだ。

残念ながら明日も朝田の尾行は出来なそうだが、こちらの話も気になり始めたので少しだけ付き合うことにした。

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