第26話 須々木久寿雄

同時刻。府内某所須々木の自宅マンション。


須々木は昨晩から自室にこもっていた。

48歳。結婚はしておらず、独身。

先日入手した『神からの贈り物』を読みふけり、明日以降の展望と具体的な計画を考えていた。


理論は単純明快だ。

発想が斬新なだけで、現代でも十分再現できる。

問題は設備と予算と時間。

これも問題なかった。

神が与えたとしか思えない偶然。

須々木はAIに関する研究を行っている研究室の室長だった。

強いて言えばこの理論では成果が出るのにある程度の時間が必要だが、この偉大な研究を成就させるためだ。

多少時間がかかるのはしょうがない。

この理論が実証されたら人間の歴史が変わる。

AIの時代になる。

そんな確信が須々木にはあった。


須々木は昨晩から夜通しで続けている計画書の作成を休むことなく続けていった。


一方、場面は拓哉たちの方に戻る。

「鈴木?聞いたことないな。」

唯志が聞き返していた。

「はい、須々木さんです。字が普通の鈴木じゃなくて、こう書きます。」

そう言って、先ほどの唯志のタブレットに『須々木久寿雄』と書き込んで見せた。

「こんな変わった字の人なら覚えてそうだし、まだ出てきてない人だろうね。」

と拓哉が言った。

「この人、どんなことをしたの?」

莉緒が尋ねた。

「確かもう少し先に来るAI全盛期があるんだけど、その基本理論とか開発した人だったはずだよ。」

と光が答えた。

(確かにそれだけのことをしたなら教科書にも載るか。)

と拓哉も納得した。

「とりあえず、その須々木とやらは覚えておこうか。」

唯志がそう告げ、ひとまず保留扱いになった。


その後は唯志が光に対して質疑応答をしていた。

昨日拓哉も似たようなことをしたが、質問が悪かったのかあまり意味が無かったが、

「昭和の次は平成で・・・その次は令和。今は令和でしたっけ?」

「正解。これも問題ないね。じゃあ2011年3月11日の事件は?311って言った方がわかる?」

「あー、なんかすごい震災あったやつだ。平成最大の災害とか言ってたかな。確か東北のやつ。」

「そだね。阪神大震災の方はわかる?」

「そっちはあまり覚えがないなぁ・・・」

唯志は光が答えられそうな、未来でも常識になってそうな事柄を選びながら質問していた。

今のところある程度は答えられているようだ。

そんな問答がしばらく続いた。


「これだけ一致してたら流石に俺らの未来から来たって考えて良いんじゃない?」

問答がまだまだ続きそうだったので、途中で拓哉が口を挟んだ。

「確かに、認定で良いと思うよー。」

野村もそれに同意した。

「確かに、少なくともひかりんから見て過去はこの時代で間違いなさそうな気はするなぁ。」

唯志は未だに納得できてない様子だが、一応同意した。

「なら方針としては未来に帰る方法を探すって方向で良いんじゃない?」

拓哉が珍しく方向性を示した。

「そうだな。ひとまずその方向で進めよう。同時に結城夏美さんの情報も手に入ればって感じで。」

拓哉は自分の意見で話が纏まりそうなので満足気だ。

光も納得したようにニコニコしている。


「んじゃ次大事な話な」

唯志が何やら真剣な表情で新たな話題を振ってきた。

「大事な話?本題ってこと?」

拓哉が質問した。

「いや、本題はだいたい終わった。」

(終わったんかい。なら大事な話ってなんだ?まさか未来の情報で金儲けとかの類か・・・?)

と拓哉は憶測した。

そもそも、今日すぐに会いたいと言い出した時点で、未来の競馬結果やら株価やら聞いて金儲けするつもりかな、とは思っていた。

いよいよその話題か?と思った。


「ひかりん、未来から持ってきたものってさっきのデバイス類と財布、他にはない?」

唯志の話題は意外なものだった。

「えっと、後は多分着てた服とバッグくらい。」

と光も答えた。

これは事実だ。拓哉も前日確認した。

「じゃあ未来に来る前に持ってたのに、来てから無くなってるものは?」

唯志の質問に光はしばらく考え込んで、

「うーん・・・あ!バイトの荷物無くなってる!」

と答えた。

(そういえばそんな話序盤にしてたっけ。なんか配達中だったって・・・)

「その荷物って本だったっけ?付近にはなかったのか?」

唯志の問いに光は首を振った。

「その時もその後も結構見て回ったんですけど無かったです。」

「吉田も何も見てない?」

唯志は念のため拓哉にも問いかけた。

「俺の方も何も・・・近くに落ちてたら気づきそうなもんだし。」

「確かにな。なら未来の方に落として来たののかもな。」

唯志の意見にみんな納得したのか、うんうん頷いていた。

「ならそっちはとりあえず良いわ。ひかりんのそのデバイス類、全部俺が預かって良いか?」

また唐突にこいつは何言ってるんだ。拓哉はそう思った。

「これ全部ですか?」

「そう。それ全部。どうせ電波無くて使えないだろ?」

「いやだからって女の子の個人情報の詰まった端末だろ!?」

拓哉が口を挟んだが

「どうせ認証で本人以外使えねーらしいし、誰が保管しても良いだろ。まずいか?」

唯志が光に聞いた。

「いえ、確かに困りはしないし、この時代で使ってると少し浮きますしね。でも、どうするつもりか教えてくれますか?」

と光が聞き返した。

確かにどうするつもりなのか。拓哉も気になった。それは莉緒も同じらしい。

「ほんとに、それ預かってどうすんの?なんか使えるの?」

「いや、言っただろ。保管だよ保管。俺が預かって保管するのが一番安全かなって。」

と唯志が言った。

少し拓哉はムッとした。

「それなら俺が預かってても一緒だろ?」

と反論した。

「いや、違うね。これは明らかなオーバーテクノロジー品だ。これの存在は他に漏れたらまずい。」

「だから漏らさないって。俺だってちゃんと保管位出来る。」

「保管は、な。盗まれたりとかそういう場合もある。その場合に、未来人もセットでいると・・・な。」

唯志の言いたいことはなんとなくわかった。

光とデバイス。この二つは別々にしておいた方が、何かあった時に安全だと考えたんだろう。

確かに言わんとしてることはわかる。

デバイスの存在が漏れると同時に、光の存在まで明るみに出るかもしれない。

そうなると、光もそうだが拓哉自身も危ない可能性がある。

要は俺たちの身を案じてくれたのだ。

何から何まで気が回る唯志に、自分が情けなくなった。

光も「そういうことならよろしくお願いします。」と言っている。

光の目には唯志は頼りになる男で、拓哉はなんか考えの浅い男に映った事だろう。

拓哉はいつの間にか立場が変わっている様で、凄く情けなさと不甲斐なさを感じていた。


「それに・・・、いや確証がないから止めとくか。」

唯志が話しかけて途中でやめた。

やめるくらいなら言わないでほしい。気になるから。


唯志の言葉の続きは気になったが、それ以上は話しそうになかった。

そして話し合い自体も今日できるのはこんなものだろう。

時刻は気が付けば19時を回っていた。

良い感じに夕飯も済ませたことだし(野村の奢り)、今日はそろそろ終了かな・・・と拓哉は考えていた。

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