第8話 拓哉の部屋

一人で暮らすには少し広い1LDK。

拓哉の平凡な暮らしぶりを考えたらワンルームでも十分というか、

ワンルームの方が適していたはずだが、就職の際に選んだ部屋は1LDKであった。

契約の際に彼女が出来て泊まるなら・・・とか、

場合によっては同棲・・・とか、今思えば無用な心配をしてこの広さにした。

当然その様なことを考えたらもっと広い方が良かったんだろうが、

その辺りは収入との折り合いもあったのでこの広さで妥協したのだった。


拓也は今、必死に部屋の掃除をしている。

光はというと、マンション一階のコンビニで時間を潰してもらっている。

この時代の商品が新鮮らしく、楽しそうにしていた。


コロコロはしたし、ファブリーズもした…

(変な匂い、しないよな?)

一応換気もしておく。

大したものはないが、とりあえず貴重品は見つかりづらい場所に移動。

…こんなもんかな?

ひと段落したところで光を呼びにコンビニ向かった。


コンビニに着くと、光が色々とはしゃいでいた。

「・・・どうしたんですか?」

「いやー、なんか見たことないものがいっぱいあって面白くて」

楽しそうにしている光を見ると、止めるのも憚られる。

いや、止めないとだけど。

でもこの笑顔見たら、どうにも・・・

「あ、すみません。準備できたんですよね?行きましょうか!」

「その前に飲み物買っていきませんか?何か飲みたいものあります?」

「じゃあこの緑の水のやつ!なにこれ、どんな味なんだろー!」

「それ、水だから味しませんよ・・・?」

「ええ!じゃあ、このオレンジの水のやつは?」

「少し甘い水ですね。」

「水かー!でも水なら安心かー!どっちにしようかな~」

「とりあえずどっちも買いますんで・・・」

こういう反応を見てると、この子ほんとに未来人なんだなって思ってしまう。

「重ね重ね、お世話になりありがとうございます。」

光が深々と頭を下げた。

「え、いや、大丈夫ですよ。それより早くいきましょうか。」

コンビニでそんなことをされると店員の目が気になる。

そそくさと買い物を済ませ、拓哉は光を案内した。


「お邪魔します。」

基本的に礼儀正しい子ではあるようだ。

「特に何もない部屋ですが・・・」

ほんとに何もない部屋だった。強いて言えば漫画にゲーム、PCが2台とテレビ。

よくある一人暮らしの若者の部屋って感じだ。だよな?


「へー、この時代の部屋ってこんな感じなんだー。この大きいモニタは何ですか?太いですねー」

「それ、テレビですよ。テレビ分かりますよね?」

「これがテレビなんだ!大きいですね!」

「それに紙媒体の本がこんなに!」

「・・・漫画ですけどね。」

「すごーい!貴重だ!」

(貴重なんだ。未来じゃ電子書籍だけになってたりするのか?)


「色々気になるけど、とりあえずは・・・お話ししましょうか?」

光は急に真面目な顔で拓哉に告げた。

「えっと、どういった話ですか?」

「とりあえず、今後について!」

避けては通れない話だった。当然だ。今日泊めることは了承したが、拓哉自身この子を全く知らない。

この流れでずっと居座られるのか?って不安もあった。

それとも今日中に怖いお兄さんにボコボコにされるのだろうか。

だが、本当に未来人だとしたら誰かが助けないと、とも思う。


「まずは、本日お世話になりましたコーヒーとか電車代とか、泊めて頂くこともですが。

いつか必ずお返ししますので、安心してください!」

「え?」

予想していた話とは少し違った。

「とりあえず2120年に帰る方法を探すのが目標なんですが、絶対簡単じゃないと思うんですよ。」

(だろうね。)

「だとしたら、何はなくともとりあえず衣食住を確保しないとですよね。」

「それは・・・そうかもですね。」

「となるとですね、お金を稼ぐ方法を考えないといけないんですよ。」

「確かに。」

「というわけで、申し訳ないんですが知恵を貸して頂きたくござ候。」

(何?ジョークなの?未来はそんな喋りなの?突っ込みづらい・・・)

そもそも突っ込みをするタイプでもない。

「知恵と言いましても・・・どうしたら。」

「この時代でも、やっぱり戸籍って必要ですよね?働くのに。」

「ええ、当たり前の様に必要かと。」

「ですよねー!まずはその問題だよなぁ。」

光はうんうん唸りながら頭を働かせているようだ。


拓也はというと、別の意味で頭を悩ませていた。

(この子はどこまで本気なんだ?未来人?本当に?嘘をついてるようには見えないけど…。)

光をチラ見する。何度見ても美人だ。真剣に悩んでるように見える。

美人には裏があるものだと、若干ネット中毒な拓哉は思っていた。

女は敵だとまでは思っていないが、自分には縁が無いものだと思っていた。

(そもそも過去に来てこんな明るくしていられるもんか?俺だったらパニックになりそうだけど)

そう思うと腹が立ってきた。

やっぱりこの子は嘘をついているだけなんじゃ・・・

そう思い始め、光の方を見ようとした時だった。


「すみません。こんなことに巻き込んで。」


今まで明るく話していた光の声とは思えない程暗い声だった。

拓哉は見ることを躊躇った。


「こんな話ふつう信じられませんよね。それなのに見ず知らずの私なんか泊めて頂いて・・・」


「私・・・帰れるのかな・・・」


ちらっと見た光は少し泣いているように見えた。


拓哉は驚いて、

「結城さん?」

と話しかけていた。


「え?どうしました?」

もう既に光は笑顔だった。


(そうか。この子も不安なんだ。強がっているだけなんだ。)


(騙されてても良い。どうせ失うものはない。)


(俺はこの子を守ろう)


「俺も手伝いますよ。未来に帰る方法探すの。それに俺の家で良ければ好きなだけ泊まって下さい。

もちろん手を出したりしませんので安心してください。」

拓哉にしては珍しく、しっかりとした口調だった。

「え?」

「俺に出来ることは何でも協力します。どうせ暇ですから。未来に帰る方法、一緒に探しましょう。」


こうして拓哉の人生という物語が今ようやく始まりを告げた。

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