第5話 居合わせた人物
--梅田発光事件の少し前。
つまり拓哉と光が
男が項垂れながら歩いていた。
男は行き詰っていた。
もう数カ月、碌な成果を出せていない。
少し気分転換にと、数カ月ぶりの予定の無い外出をしている。
しかし、この喧騒だ。
梅田はいつでも混雑していてうんざりする。
道行く阿保っぽい人々を眺めていれば、意外といいアイデアでも生まれるかと思ったが
そんなことは無かった。
自身の研究は最終的にはこの目の前の無為な時間を使っている凡人たちの為にある。
そんなお客様とも呼べる人間たちに触れることで触発されるかと思ったが・・・。
(やはり、世の中そんなに甘いものでもないな。)
男は落胆していた。
そして焦っていた。
(くそっ!何も知らない凡人たちが!楽しそうに笑いやがって!)
男は無駄な時間を過ごしたと思い、帰路に着くことを考えたその時、目の前に閃光が走った。
拓哉や光との距離は百メートルほど離れ、交差点を曲がった先だったので遮蔽物となるビルや建物も十分にあった。
だが、それでも視界を奪われるには十分すぎる光量だった。
(なんだ、これは!またくだらないイベントか何かか!?これだから凡人のやる事は・・・)
ばさっ!
目の前で音がした。
激しい光を直視してしまった為、すぐに目を開けることは出来なかったが、十数秒ほどで何とか視界を取り戻した。
そしてふと目線を落とすと、何かが落ちている。
(紙袋と・・・本、参考書か?先ほどまでは無かったような・・・。)
誰かの落とし物だろうか。
目を開けれない程の閃光だった。
荷物くらい落とすかもしれない。
しかし不思議なことに男の周りには人はいなかった。
(なんだこれ?)
男はその本を手に取ってみた。
「AI基礎工学に…AI感情理論?」
男は周りを見渡した。
(誰にも気付かれてないな。)
他にも数冊紙袋に入っていたが、男は全てを回収して足早に立ち去っていった。
男の名前は
後にこの須々木は世間を騒がせることとなるが、それはもう少し先の話になる。
--
そして、同時刻もう一人の男が付近に居合わせていた。
男の名前は佐藤一馬。
浮気調査の内偵中だった。
「くそっ!!」
佐藤は声を荒げた。
内定調査を開始して1週間。
平日は奔放に動き回る調査対象に振り回された挙句、成果はゼロ。
土曜日にしてようやく巡ってきたチャンスだったが、そんなチャンスがあっさりと水泡に帰した。
先程の謎の発光だ。
今回の調査依頼を受けたのは、約一週間前の六月六日だった。
依頼内容はある男の素行調査。
調査対象の男は「朝田 大樹」。
依頼人は男の妻だ。
話を聞くと不貞行為の有無も相手も不明だが、妻には確信があるらしく、証拠の確保と相手の素性調査を依頼された。
通常こういう場合、調査期間を決めて日数で契約するものだが、朝田の妻は成功報酬型での契約を希望した。
妻が書いたプロフィール情報に目を通す。
「○×エンジニアリングの技術部、部長さん・・・ね」
聞いたことがない会社だったが、ホームページを見る限りそこそこの大手だ。
部長ともなるとそれなりに裕福な暮らしだろう。
写真を見ても古き良き時代の上司って風貌だ。
なんでこうも金と権力を持った男は色欲にも走るのか。
だがおかげさまで飯を食えているという自負もあった。
探偵の仕事なんてのはほとんどが浮気調査。
興信所と探偵事務所の差なんてほとんどない。
ごくごく稀に人探しなんかの仕事もあるが、まぁ浮気調査がメインと思っていい。
(妻の方は専業主婦か。こういう場合はたいてい・・・。)
佐藤の経験上、こういう場合はほぼ社内不倫と相場が決まっていた。
そうでなくても飲み屋のお姉さんだろう。
勤務先の近辺で仕事上がりの素行を洗っていれば、あっさりと掴めそうだなという確信があった。
「相手も不明で不貞行為自体あるのかないのかわからない・・・。となると、なかなか難しい仕事かもしれませんね。」
心にもない事を言ってみる。
「ええ、そうおっしゃられるとは思っておりました。成功報酬は百五十万円ほど用意いたします。期限は1ヶ月ほど差し上げます。何とか引き受けて頂けませんでしょうか。」
破格だった。
恐らく一週間から二週間程度で証拠は掴めるだろう。
それに佐藤は一人で対応することになる。
契約期間を拘束されるよりも、よほど条件が良い。
「・・・出来る限りの事はやってみます。」
渋い顔で答えたが、内心はほくそ笑んでいた。
それが一週間前のことだった。
だが蓋を開けてみたら、意外と手ごわい上に毎日遅くまで飲み歩く対象者に、肉体的にも精神的にも疲れがたまっていた。
こんなことなら成功報酬型で契約するべきじゃなかったと少し後悔もしていた。
もしかしてこの男は単純に飲み歩くのが好きなだけでは?という考えも浮かび始めた。
そうなると苦労した割に実入りの無い、とんだ骨折り損で終わってしまう。
そう思い焦り始めた頃にようやく朝田が女性と接触、合流したところを目撃したのは幸いだった。
相手の女については今のところ情報がないが、ぱっと見三十代後半から四十代だろう。
とりあえず接触したところを写真に収めたので、後日調査しておくこととする。
まずはこのチャンスを逃すまいと、付かず離れずの距離から注視していた。
方角からして目的地はホテル街の方だろうか。
ラブホテルにでも出入りしてくれれば不貞の証拠としては十分だ。
何とかこの仕事にも目途がたったと安堵した時だった。
まっすぐに朝田を捉えていた佐藤の瞳は、例の閃光を直視してしまった。
油断していた。いや、警戒していたとしても防ぎようはなかったが。
直視してしまったせいで、三十秒ほど朝田たちから目を離すことになった。
視界を取り戻した時にはもう手遅れだった。
佐藤の目線の先には朝田たちはいなくなっていた。
朝田たちは幸運にも先ほどの光を直視していなかったようだ。
距離を取って追跡していたのが仇となった。
今から追って見つけられるかわからないが、佐藤はとにかく走って追いかけた。
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