第4節 将来を見据えて

第125話 才座からの誘い

 早いもので、高校3年になった。

 両親は、俺の成長を見て喜んでくれており感慨深いものがあるが、俺自身は、正直、気分がモヤモヤする事が多くなってきている。原因はハッキリしているのだが、解決できない。

 それは何かと言うと、将来への不安だ。ただし、不安と言っても皆が思っているものとは、少し違う。


 自分が進みたい漠然とした道はあるのだが、全く違う道に進むよう、強引に誘導されているのだ。

 それも、好意を抱いている相手からなので、逆らえない。


 断って、嫌われたくない。いや、断れば別れを切り出されるだろう。

 そう、その相手とは、恋人の香澄だ。


 彼女と正式に付き合うようになってから、すっかり菱友家の一員に組み込まれてしまった。

 実は、今日も定食屋で、その話をされているところだ。



「ねえ、東慶大学に入ったら、サークルは、菱友政経塾にしようね! このサークルは、名前で分かると思うけど、私の曽祖父が作った歴史のあるサークルなの。 実践的な経営学も学べるわ」



「でも、なあ …」



「何よ、そのやる気のない返事は!」


 香澄は、少し不機嫌になってきた。この頃、とみに怒りっぽくなっている。



「まあな」


 俺は、無意識のうちに、いつもの返事をしてしまい、まずいと思った。

 だが、手遅れのようだ。



「ちょっと! 私は、真面目な話をしてるんだよ! 2人の将来に通じる事なんだから」


 香澄は、綺麗な顔を歪めた。


 最近、香澄の美しい顔を見慣れてきたせいか、正直なところ前ほどのときめきが無くなっている。

 美しい顔よりも、キツイ性格の方が気になってしまう。

 人の心は移りゆくものだと、まさに自分の心で実感していた。



「将来って …。 何だよ?」


 香澄の気持ちを分かっているが、つい、言ってしまった。



「住菱グループを、私と一緒に発展させて行くんでしょ!」



「まあな」


 また、いつもの返事をしてしまった。香澄の頭から湯気が出ているように見える。



「いつもの空返事ばかりね。 どう思ってるの?」



「あのさ …。 法政とか、あまり興味が無いんだよ …。 ゴメンな」



「最初は興味が無くても、実践する事で、やる気が出てくるものよ。 ワガママを言わないでよ!」


 これ以上、怒らせるとヤバいので、俺は真剣な顔で、深く頭を下げた。



「分かればよろしい」


 そう言うと、香澄は俺の頬にキスをした。

 いくら定食屋の個室にいるとはいえ、最近の彼女は行動が大胆になってきている。 

 正直、嬉しいのだが、ご褒美をもらって喜んでいる動物のようで、複雑な気分になってしまう。



◇◇◇



 定食屋から帰って家でくつろいでいると、スマホが鳴った。画面を見ると香澄の父の才座からであった。



「元太、香澄とはどうだ?」



「順調だと思うけど、もしかして、彼女に何か言われたんですか?」


 俺は心配になり、聞いてしまった。



「若い2人だが、節度を持って付き合っているんだろうから、俺からは何も言う事はないさ。 それに、香澄から何か聞いた訳じゃないぞ。 連絡したのは、明日の、金曜の夕方にある集会に一緒に参加してもらおうと思って電話したんだ」



「集会って?」



「集会と言ったが、実は、業界のパーティなんだ。 美味いものが、しこたま食べられるぞ! 育ち盛りの元太なら、行く価値がある!」



「でも …。 俺は、部外者ですよ」 



「そんな事はないぞ。 実は家内と香澄を連れて参加するつもりだったんだが、2人は、急遽、家内の実家の京都に行くことになって …。 それで、俺1人で行くとなると格好がつかなくてさ 。 元太は、俺の息子のようなもんだから …。 おまえの顔が頭に浮かんだんだ。 頼むよ」


 才座の、困っている様子が伝わってくる。

 


「分かりました」


 俺は、承知してしまった。

 業界の集まりに参加するなんて、菱友家に取り込まれた感があるが、これまで世話になっていることを考えると断りづらかった。

 


 翌日の夕方、菱友家の車が家まで迎えに来た。

 父と母はまだ帰ってなかったが、才座と出かける事を伝えてあったので、そのまま出かけた。

 車に乗ると、運転手の野尻だけで才座の姿はなかった。



「菱友さんは、別に行くんですか?」



「はい。 別の場所から会場に向かっております」



「それで …。 どのような方が来られるんですか?」



「参加される方は、お偉い様とその家族ばかりです。 かなりの人数になります。 控室を用意してあるので、そこで、予め準備してある正装に着替えてほしいとの事です。 ホテルのスタッフがご案内するので、ご心配には及びません。 どうか、ご安心ください」


 運転手の野尻は、淡々と話した。



「この服を、着替えるんですか …」


 俺は、少し後悔した。



 ホテルに着くと、スタッフが丁寧に対応してくれ、正装に着替えた後、広く立派な会場に入った。

 中に受付があり、そこで座席表をもらった。


 大勢の人がおり、テーブルには、所狭しと豪華な料理が並べられている。 

 俺は腹が減っている事もあり、思わず唾が溢れて来た。まるで、パブロフの条件反射の動物のようで情けない。


 座席表を見ると、一番奥の上座と呼ばれる場所を指定されている。

 そこには、住菱電気社長 兼 住菱物産 専務の菱友 才座の名前があり、その隣には、三枝 元太の名前があった。短時間で、座席表を差し替えたようだ。

 まだ、才座は来ていない。


 1人で席に着くのが躊躇われたため、部屋の端の方で座席表を眺めていた。


 ふと見ると、田中 安子の名前を見つけた。まさかと思いつつも、懐かしさが込み上げてきた。

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