第124話 受験戦争

 土曜の朝方、俺は香澄に連れられて、全国統一模試の試験会場を訪れていた。


 定食屋での話から数日後のことで、非常に慌ただしく、この日を迎えた。


 会場の広さや人の多さに驚いたが、これが各地で行われていると聞いて、無駄な時間を費やしているように思えた。

 正直、気が進まない …。


 今回の模試は、本来であれば期限を過ぎて申し込みができなかったものを、香澄が特別枠で確保したという。


 香澄は、俺が東慶大学に落ちたら2人の関係が終わってしまうと言った。

 本気なのか、気になってしまう。



「なあ、進学塾の模試にしては、規模が大きくて、凄い人数だよな」


 俺は、少し嫌味っぽく聞いた。



「なに言ってんの? このくらいで驚いていたらダメ! 受験戦争と言うくらいだから戦いなのよ。 負けたら終わりなんだからね!」


 香澄は、目を輝かせて俺を鼓舞した。



「でも …。 この大勢を負かすとなると骨だよな」


 周りにいる群衆が、同じ顔をした兵隊のように見えた。



「相手もそうだけど …。 本質は自分との戦いなの。 集中して、合格圏内までレベルを上げられるか! 気力が続かなければ、志なかばで断念する者もいる。 でも、元太は、元々勉強が好きだから心配ないよね!」


 香澄は、ニコニコして笑った。


 さっきから見ていると、表情がコロコロ変わって面白い。

 いつもより、気合が入っているからなのだろう。



 そんな俺たちの事を、周りの群衆が見ているようで、視線が気になる。


 よく見ると、大勢の男子学生どもが、香澄をチラチラッと見ていた。

 


「なあ、周りの男子どもが、君の事を見てるが、気持ち悪くないか?」



「いつもの事よ。 そんなの気にしていたら、何もできやしない」


 香澄は、涼しい顔をしている。


 当の本人は、慣れているのか気にならない様子だが、俺は不快指数のメーターが振り切れそうになっていた。

 自分のテリトリーを侵されているようで気になるのだ。



「なあ、早く行こうぜ」


 俺は、この場から移動したかった。



「分かった。 Cブロックだから、第6校舎に行くわよ」



 香澄は、俺の手を引っ張って、先を急いだ。

 まるで、母親に連れられて歩く子どものようで恥ずかしい。


 知っている人に、こんな姿を見られたら言い訳できない。



 今回のように人が多く集まる中にいると、なぜか、大群の蟻を連想してしまう。

 人間といえど、たかが一生物に過ぎない。蟻のような団体行動によって社会が成り立っているのだと思う。

 しかし、俺は、その仲間になりたくないと思ってしまう …。

 


「ほら、ここの席よ」


 いつの間にか、自分の席にたどり着いていた。



「おっ、おう」


 香澄に言われ、席に着いた。


 彼女の席は俺の隣だが、直ぐに座らずに、背後に立って俺を見下ろしていた。



「なに、塞ぎ込んじゃってるの? 試験は、これからなのよ!」


 香澄は、俺の肩を叩き鼓舞した。


 彼女は、本来なら、難関国立大学の文系コースなのだが、俺に付き合って全教科の試験を受ける。

 だから、土曜だけで終わらず、日曜の夜まで付き合ってもらうことになった。

 香澄には、感謝しかない。



 俺は、普段、受験勉強をしていないからぶっつけ本番だが、香澄も理系に関しては、条件が俺と同じだ …。




 結局、この土日は試験三昧だった。

 おまけに、集中したせいか、かなり疲れてしまった。

 

 全て終えた帰りに、ご褒美と言って、香澄からキスされた。

 正直、試験は楽しくなかったが、彼女とのキスは最高だった。



◇◇◇



 あれから4週間後、結果が郵送で送られてきた。

 香澄に連絡したら、開封するなと言われ、週末に、定食屋で判定会をすることになった。

 何かにつけてイベント化したがる、香澄の新しい一面を発見してしまった。



 そして、週末の定食屋でのことである。

 今日は、野菜定食の大盛りをやめ、トンカツ定食の大盛りにした。

 げん担ぎではあるが、2人にとって冒険であった。



「それじゃ、お互いに資料を交換して開封するわよ! それも、同時にね」


 香澄は、悪戯っぽく笑った。

 

 彼女の場合、これまでの模試で、東慶大学 法学部でのA判定を確認している。また、理系に関しても、勉強してるから自信があるのだろう。

 だから、彼女は余裕の表情だ。



 香澄の封筒を開き、試験結果に目を通した。

 どこに何が書いてあるか分からず、しばらく睨めっこしていると、香澄の叫び声が聞こえた。

 俺は、何事かと思い彼女を見た。



「凄い、元太! あなた、数学と物理が全国1位だわ。 それに …」


 香澄は、言葉をのみ込んで、また資料に目を通した。

 そして、また、興奮気味に話し出した。



「元太が、東慶大学の合格レベルにあることは分かった。 法学部だろうが、工学部だろうが、医学部だろうが全てA判定よ。 しかも、全科目が全国10位以内よ。 凄過ぎて呆れるわ。 ところで、私はどうだった?」



「ああ、この偏差値から見ると、東慶大学の法学部はA判定で …。 工学部も医学部もA判定だな。 俺と同じで、良かったぜ!」


 香澄が優秀なのは分かっていたが、一応、誉めておいた。



「ちょっと見せて」


 俺の見方が足りないようで、資料を取り上げて、自分で自分の成績を解説し始めた。



「私の場合、文系科目は全国20位以内だけど、理系科目は50位以内だから、悔しいけど、元太に負けたわ。 でも、元太と結婚できることが分かって良かったわ。 改めて、よろしくね」


 香澄は、これまで以上に魅力的な笑顔で笑った。


 しかし、俺は、それを複雑な思いで見ていた。

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