第122話 静香とのひと時

 神野から安子の話を聞いて、いても立っても居られず真相を確認したかったが、自分から連絡できずにいた。


 祖父から受けた、「男は何事にも動じてはならない」との教えが身体に染み付いており、変なプライドが邪魔してしまうのだ。


 しかし、これでは、主体性がなく男らしくない。

 自分の意思を通し、連絡すべきなのか?

  

 それとも、香澄と付き合っているのに安子に連絡することは、男らしくないから、俺から動かない方が良いのか?

 

 これでは、どちらもダメだ。

 俺は、変な思考に陥り、1人悶々としていた。




 そんな時に、スマホが鳴った。



「元太。 この前の話なんだけど …。 どうなってるかな?」


 香澄からだった。



「えっ、何だっけ?」



「静香のことよ。 あの娘、ますます塞ぎ込んでるの。 心配しすぎて、両親が落ち込んじゃってる …。 私に気を使わなくて良いから、妹を励ましてほしいの」


 いつになく、彼女の悲しげな声を聞くと、安子の事で悶々とした気持ちが吹き飛んでしまった。



「そんなに酷いのか? 俺の電話に出てくれるだろうか?」



「電話に出ないなら、私がいない時に家を訪ねてくれても良いから …。 とにかく、お願い」



「分かった。 とりあえず、これから電話して見る」



 電話を切った後、直ぐに静香に電話した。

 しかし、いくら鳴らしても出なかった。


 良く考えてみたら、傷心の原因を作った相手から連絡が来るのは、キズに塩を塗るような行為だ。


 俺は、どうしたら良いか分からなくなり、途方に暮れてしまった。



 その後、静香に電話できず時間だけが過ぎて行った。


 香澄に言われ、さっきは勢いで電話をかけたが、その後が続かない。

 決して臆病という訳でないが、行動できないのだ。

 自分でも、嫌になる性格だが、どうしようもない。


 結局、静香への連絡をできず、この日は寝てしまった。



◇◇◇



 翌日の夕方、俺はいつものように都立図書館にいた。

 黙々と演習問題を解いていると、隣の席に誰かが座った。


 気になって、書くのをやめて隣を見た。



「元太さん。 相変わらず頑張ってるね!」


 そこには、愛くるしい笑顔があった。



「えっ …」


 俺は、思わず息を呑んだ。


 その女性は、いつもと違い大人びた服装で、薄化粧をしていた。



「電話をくれたのに …。 返さなくてゴメンなさい。 私に、気を使ってくれたんだね」


 静香の声は、元気がなく少し沈んでいたが、これまで以上に美しい彼女の姿に、思わず見惚れてしまった。

 香澄と比べても、勝るとも劣らない美女がそこにいた。

 やはり、姉妹なのだと思った。



「ああ、どうしてるかと思って。 ところで、高校はどうなった?」


 香澄から頼まれたと言えず、自分の気持ちを隠すのに必死だった。

 でも、なんとか、相手に悟られずに話すことができた。

 また、全寮制の開北高校に行くことを聞いていたが、知らないふりをした。



「知ってるくせに、白々しいな …」


 どうやら、静香をごまかすことは難しいようだ。



「スマン、香澄から聞いたよ。 全寮制の開北高校に行くんだってな。 厳しい高校生活になるんじゃないか?」


 正直、お嬢様が行くような学校でないと思った。それだけに、彼女が不憫でならなかった。



「そうだね。 だから行く意味があると思ってる。 いつか、元太さんと会う事があったとしたら、ビックリするくらい立派になってるわ。 ところで、元太さんこそ、大学は決めたの?」


 静香の口調が、少し明るくなってきて、ホッとした。



「まだ、決めてないが …。 俺も、静香さんのように自分の意思を持って考えないとな。 年下なのに、凄いと思うぞ!」


 大袈裟に両手を広げたが、静香は、それに対し何も答えなかった。



 しばらく沈黙が続き、気まずくなってしまった。

 そこで、気の利いたセリフでも言えれば良いのだが、寡黙である俺の悪いところが出てしまった。



 

「元太さんとお姉様は、凄くお似合いよ!」


 突然、静香が口火を切った。


 良く見ると、目に涙を浮かべながら、精一杯の笑顔を作っている。



「まあな」


 口癖のように、いつもの返事が出てしまった。



「また、それか」


 静香は、懐かしそうに笑うと同時に、頬に涙が伝った。



「でもね …。 2人が、お似合いなだけに辛かったの。 このところ、ウジウジしてさ …。 自分でも、らしくないと思っていたわ。 多分、お父様やお母様、そして、お姉様にも心配をかけてると思う。 でも、それも今日までよ。 元太さんと会って、吹っ切れたわ」



「そうか …。 実は、俺も心配していたんだ。 でも、静香さんの言葉が聞けて安心したよ」



「私が言うのもなんだけど …。 お姉様は、一見冷たそうに見えるけど、心根が凄く優しいのよ。 小さい頃は、いつも私を庇ってくれたの …」



「そうか」


 静香が、言う事が分かる気がした。



「でもね、強いようで、案外寂しがりやなの。 だから、お姉様を泣かせたら許さないわ!」



「泣かせないと約束する」 



「それからね …。 お姉様は、凄くモテるわよ」



「知ってるよ」



「お姉様は、これまで多くの男子から告白されて来たけど、全て断って来たわ。 だから、元太さんが初めて付き合う男子なの」



「ああ、香澄から聞いた。 分かってるさ」



「私の分まで、お姉様を幸せにしてあげて! じゃないと、元太さんを許さない。 私が、身を引く意味がなくなるわ」



「静香さん、ありがとう。 君の姉さんを大切にする!」



 俺が答えると、安心したかのように、席を立った。

 恐らく、この先、静香は俺に会ってくれないだろう。


 彼女のような素晴らしい女子から好意をもたれた事を光栄に思えた。

 だからこそ、香澄を幸せにしたいと強く思った。

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