第121話 甘い生活

 母と香澄の相性が悪いと心配したが、その考えは取り越し苦労だったようだ。

 香澄との交際の事で、最後の難関と思われた母は、あっさりと認めてくれた。それどころか、双方でアドレスを交換して、俺の知らないところで連絡をしているようだ。


 そんな2人のことが、あまりにも以外だったから、その事を父に打ち明けると … 。

 そしたら、母と香澄の相性は良いのだから、最初から心配はなかったと肩を叩かれ、もっと女心を勉強するように言われてしまった。


 俺以上に寡黙で女性にモテそうにない父に言われた事が、俺のプライドを傷つけた。


 でも、まあ、何はともあれ、俺と香澄の交際を認めてくれて、安心したと言うのが本音だ。

 

 香澄は、以前にも増して、俺にベタベタするようになった。


 それに対し、どう対処したら良いか困惑することもあったが、俺は幸せを噛み締めていた。



◇◇◇



 そんなある日のこと、2人は、いつものように定食屋にいた。

 ここは、俺と香澄にとってオアシスのような場所になりつつある。



 定番メニューの、野菜定食の大盛りを囲んで話し込むのが、彼女との最上の時間のように思え、香澄が嬉しそうに返してくれる姿を見ると、彼女も同じ気持ちであると確信できた。



 口を開け無防備に食べる姿を、俺だけに見せているようで、いっそう愛おしく思える。

 少し、アブノーマルなのかもしれないが、至高の幸福を感じる瞬間だ。



 そんな香澄を見ていると、口に食事を頬張りながら、いつものように話し始めた。

 


「ねえ、元太。 今度、映画でも見に行かない?」



「まあな」



「ロマンスが良いな!」


 香澄は、俺の空返事に対しても1人で会話を続ける。

 話が勝手に進み、土曜のデートコースが決まった。


 2人は、以心伝心の境地に達していた。



「ところで、静香の事なんだけど …」


 香澄は、次の話題に入った。俺は、静香の名前を聞いて、少し驚いた。



「えっ」


 俺は、一言だけ返した。


 意図的に話さないようにしてる訳じゃないが、次に話すことが思いつかないのだ。

 そんな、俺の態度にめげず香澄は話しを続ける。

 まるで、デク人形に話しかける美女のようだ。



「それでね …。 元太にお願いがあるの」


 いつになく、香澄は辛そうだ。

 俺は、心配がマックスになっていた。



「どうしたんだ?」


 俺は、声が大きくなり、香澄の肩に手を置いてしまった。

 彼女は、俺の手の上に、自分の手を添えて、いつになく小さな声で答えた。



「私たちが交際してからなんだけど …。 静香は、学校へ行く以外は、部屋に引きこもるようになってしまったの。 両親が心配して話しかけるけど、空返事で元気がないのよ。 私も、励ましたいけど、とても言えなくて …。 高校を全寮制の開北高校にしたから、家にいる間に、静香の笑顔を取り戻したい。 元々明るい娘だったから、落ち込んでいる姿が哀れでしょうがないの」


 よほど緊張しているのか、いつもの通る声が、少しかすれていた。



「そうなのか …」


 俺も、凄く心配になってきた。でも、何をしたら良いか分からない。



「時間が解決してくれると思うけど、せめて両親の前だけでも、笑顔でいてほしい …」


 絞り出すような声と、その表情から、香澄の悲痛な心の内が垣間見えた。



「何とかしてあげたいが、思いつかない。 どうすれば良いんだ?」



「私が思うに、静香は元太の言う事だったら聞くと思うの。 励ましてあげてほしい …」



「そのう〜。 2人だけで会っても良いのか?」


 俺は、思い切って聞いてみた。



「私は、元太を信じているから、構わない。 今は、静香の事が心配すぎて、藁をもすがる気持ちなの」



 姉妹は、仲が悪いのかと思っていたが、そうでもないようだ。

 元々仲が良かった姉妹を、不仲にさせた原因が俺にあるようで責任を感じてしまった。

 俺も,何とかしたいと真剣に思った。



◇◇◇



 翌日の昼休みの事である。


 久しぶりに、神野から電話があった。

 


「よお、三枝。 元気だったか?」



「まあな」



「相変わらず、リアクションねえ奴だぜ」



「ところで、何かあったのか?」


 田所の一件以来、連絡がなかったので、少し不思議に思った。



「当然、おまえも知ってるだろうが、久しぶりに素敵な女子と会ったもんだから、彼女の事を聞かせてもらおうと思って電話したぜ。 良かったじゃねえか!」


 神野は、俺の事を思ってくれているようだが、さっぱり心当たりがなかった。

 

 そこで、神野にも面識がある女子の顔を思い浮かべ、誰なのか考えて見た。



「それって、安子なのか?」



「えっ、知らなかったのか? てっきり …。 そうか、おまえを驚かそうと思って、秘密にしてたのか。 今の話、聞かなかった事にしてくれ」



「ちょっと待て! 聞かなかった事にするが、詳しく教えてくれよ」


 俺は、必死に神野に迫った。


 以前、安子が電話で、国立の医学部がA判定で、東慶大学の医学部を目指すと嬉しそうに言ったのを思い出した。



「なんの事はねえ。 実は、この俺も大学進学を考えて、塾に通い始めたんだがな。 一応、都内の国立を狙ってるんだぜ。 まあ、不良の俺が似合わねえと思うだろうが、夢くらい見させてくれよな。 勉強なんざその気になれば …」



「まあ、分かったから、安子の事を教えてくれよ!」


 神野の話を遮り、急かした。



「まあ、焦るな。 俺の事は後で話すから  …。 コホン」


 神野は、話していて恥ずかしくなったのか咳払いをしてごまかした。



「その塾に、安子さんが来ていたのさ」


 


「それで?」

 


「彼女が言うには、大学を都内に絞る関係で、こっちに帰って来ると言ってた」


 神野の話を聞いて驚いたが、安子から連絡がなかったことに気落ちしてしまった。


 静香の事を、思い出す余裕さえなくなっていた。

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