第117話 作戦会議

 大帝ホテルでの相談から3日後の夜、俺と香澄は、いつもの定食屋にいた。

 俺の母から交際を許してもらうための作戦会議をしていたのだ。


 以前から思っていたが、俺の母と香澄には非常に良く似たところがある。

 第一に、類稀な美人で、男女を問わず、その容姿に惹きつけられてしまうこと。

 第二に、頭脳明晰で隙がないが、それでいて、どこか抜けていること。

 第三に、気が強く、怒ると容赦がないこと。

 第四に、周りの空気を読めないところがあるが、なぜか許されてしまうこと。

 第五に、皆からチヤホヤされているが、本人は気づいてないこと。

 etc …。 その他、多くの共通点がある。


 ちなみに父に聞いたら、香澄は綺麗な娘だが、お前の母さんには敵わないと言われた。母の事となると、父は普段の冷静さを失うようだ。

 そもそも俺と同じで、モテない父に恋愛の相談をするなど、聞く相手を間違っていた。それでも、ああだこうだとアドバイスをされたが、ほとんどが母とのノロケ話であった。

 


 俺は、そんな事を思い出しながら、香澄に話を切り出した。



「今度の土曜の午後に、香澄を連れて来ると母に言っておいた。 まず、君の家に迎えに行くからな。 ちなみに、その日は、親父は仕事で居ないけどね」

 

 

「そうなの? 元晴おじ様がいてくれたら心強かったんだけど …。 残念だわ」


 香澄は、俺の父を過大評価しているふしがある。

 恐らく父は、母が交際に反対していると聞いて逃げたのだろう。情け無い話だ。



「2人で頑張って、母を説得しよう」



「うん、分かった。 ところで、どうして私の家に、わざわざ迎えに来るの? 直接、元太の家を訪ねるけど」



「君の母親に挨拶したいからなんだ」



「それもありか。 一度に済ませられるから、その方が良いかもね」


 香澄は、何事も合理的に考える性格だった。



「実は、君の母親とは、小学校の時に何度か会ってるんだ」



「えっ、私のお母様に会ったことがあるの?」



「昔、両親が海外赴任してる数年間、俺は祖父の家に預けられてたんだ。 その時に、君の親父さんが訪ねて来て、空手の稽古をつけてくれた。 そんな時に、君の母親がいたことがあるんだ。 優しくて凄く綺麗な人だと記憶してるよ」



「そうなんだ …。 お母様との話は、知らなかったわ。 でも元太のことは、たまにお父様から聞いていたわ。 私は空手をやってるからライバル視してたけど、静香は元太に会って見たいと言ってたわ。 もしかすると、あの頃の想いが …」


 香澄は、言葉を飲み込んだ。



「どうした?」



「ううん、何でもない。 本題に入るわ。 交際を認めていただくためには、まず、私が好かれる必要があるわね。 お母様の趣味とか教えて!」


 何かを打ち消すかのように、香澄の声が大きくなった。



「趣味か? 普段は仕事で夜は遅いし、休みの日は、俺に話しかけてくるくらいで、他に何があるだろう? 思いつかない …。 今まで考えたことも無かったが、部屋に母が世話をしている観葉植物があるが …。 もしかすると植物を育てることかもな」


 俺は、自信なさげに言った。



「そうなの? う〜ん、一応考慮しておくか。 他にはないの? 趣味に限らず、特徴でも何でも良いわ」



「仕事に行くときは、スーツでビシッと決めているが、家ではジャージや暑いときは下着姿でグターとしてるんだ。 このことは母に言うなよ」



「えっ、なんで? 私も自分の部屋では同じよ。 だから、気にすることないわ。 普通じゃん」



「そうなのか? あまりにも外と中で落差が大きいと思ったんだが、普通なのか?」


 やはり、香澄には俺の母と同じ匂いがする。



「ねえ、他にはないの?」



「本を読んでるが、文学とかじゃなくて、最近は、外国の自然科学系の専門書が多いな。 地球温暖化対策なんか好んで読んでいるようだ」



「じゃあ、その知識を仕入れて行くべきね。 気候とか興味ないけど、間に合うかしら?」



「う〜ん、どうかな? 付け焼き刃だと、墓穴を掘る気がする」



「なんか面倒ね。 素で行くわ。 自分を飾ったってバレちゃうもの、当たって砕けろよ」


 香澄は、いつものように大胆になってきた。



「でも、砕けたらダメだぞ」



「そうね。 そのために相談してるのにね …。 フフフッ」


 その後、2人は大笑いした。

 

 結局、素のままで母に相対する事になったが、香澄の男前の性格も母と似ていた。



◇◇◇



 その頃、菱友家のリビングで、優実と娘の静香が進路のことで話し合っていた。



「ねえ、静香。 やはり、あなたは、駒場学園高校に行くべきと思うわ。 お願いだから、そうしてちょうだい」



「先日言った通り、私は開北高校に行きたい。 子供はいつか自立しなければならないわ。 そのために私が選んだ道なの。 だから、賛成してほしい」



「あなたの考えに、あの人は感心していたわ。 でも、私は違う。 本当は、香澄と元太さんのことが原因なんでしょ」


 優実は、優しく娘を見た。それに対し、静香は表情を見られないように下を向いた。



「あなた達はまだ子どもよ。 将来結ばれるかなんて分からない。 後で振り返ったら何でもないことなのに悩んでしまう。 あなたの高校の3年間は、何にも代え難い貴重なものになるの。 家族が一緒にいることも同じよ。 だから、考え直して」



「なら言うわ。 このままだと、私はお姉様を憎んでしまう。 そうなりたくないの。 家族でいるための選択なの。 それに開北高校で、そんな情け無い自分を変えたいの。 本気なの。 だから、開北高校への進学を許してください」


 優実は静香の話を聞いて、しばらく黙り込んだ。そして思い口を開いた。



「分かったわ。 でも、校則の範囲内で、可能な限り、私に頻繁に連絡をすること。 約束を守れる?」



「もちろんよ」


 静香は、安堵の表情を浮かべた。

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