第116話 それぞれの行く末

 金曜の夕方6時過ぎ、菱友家でのことである。


 優実がリビングに入ると、娘の静香が1人ポツンとソファーに座っていた。悩みでもあるのか、少し暗い顔をしている。そんな娘を見て、優実は心配になった。



 すると静香は、おもむろに立ち上がり、優実のところに来た。



「お母様、進路の事で相談があるの。 今日は、お父様の帰りは遅いの?」


 夫から、元晴と元太を交え話をすることを聞いていたから、今夜はタイミングが悪いと思った。


 

「仕事で少し遅くなると言ってたわ。 多分、午後9時頃になると思うけど、それで良いかしら?」


 静香に元太のことを話さない方が良いと判断し、仕事で遅くなると嘘を吐いた。



「分かったわ。 でもね …」


 静香は、言葉に詰まった。



「どうしたの?」



「今日の話は、お姉様に聞かれたくないの」



「分かったわ」


 姉妹の関係を知っていたから、それ以上は言わなかった。



 静香は、優実に必要なことだけ話すと、さっさと自分の部屋に戻ってしまった。


 娘の、いつもと違う態度を見て、優実は心配になり、夫に電話してしまった。



「今、電話良いかしら?」



「少し待ってくれ。 かけ直すから」


 一旦、電話を切り、5分ほど経ってから、才座より電話が来た。



「すまん。 大帝ホテルの部屋を取って待ち合わせたんだが …。 元晴が先に来てたから、いろいろと話していたら、しばらくして、元太が来たんだ。 なぜか香澄と一緒だったよ。 元太から、相談の内容を聞かされてなかったが、やはり交際のことだった。 要件も言わずに、2人で示し合わせてるもんだから、やり方が良くないと少し釘を刺してやった。 元晴も倅に相談の内容を聞こうともせず放任してたから、奴にも苦言を呈してやったよ。 そんな時に、君から電話が来て、今、別室に移動したとこさ」


 才座は、少しご立腹のようすだ。



「そうだったの。 2人が一緒に行動するのは仕方ないけど、相手の気持ちを考えてないわ。 やはり、まだ子供なのよ」


 優実も、少しカチンと来てしまった。



「ところで、家で何かあったのか?」



「静香がね …。 進路について相談したいと言ってきたの。 何時ごろに帰れそう?」


 

「ここが終わったら直ぐに帰るが、多分8時過ぎかな。 静香は、上等学園高校に行きたいと言ってたが、香澄と元太が付き合うとなれば …。 さすがに元太と同じ高校に行かせる訳に行かないな」



「そうね、駒場学園高校に行ってくれれば良いんだけど。 とにかく、なるべく早く帰って来てね。 あっ、それから …。 今夜、静香の進路のことを相談する話は、香澄には内緒よ。 夫婦専用室で、静香と2人で待ってるわ」



「分かった。 でも、どうして香澄に内緒なんだ?」



「姉に、聞かれたくないんだって」

 

 優実は、呆れたような声を出した。



「そうか …。 仲良くしてほしいんだが、先が思いやられるな」


 才座も困ったような声を出した。その後、電話を切り、才座は3人がいる部屋に戻った。



 部屋では、元晴が元太と何やら揉めていた。



「どうしたんだ?」


 才座は、元晴に尋ねた。



「いや、どうってことはないんだが …。 俺は2人が交際したいなら、すれば良いと思ってる。 でも、香織の了解が必要だから、2人で話すすように言ったんだ。 そしたら俺に説得してほしいって言うんだよ。 それで問い詰めたら、既に相談していて、おまけに反対されてるって言うんだ」



「そうか、香織さんが反対してるのか」


 元晴の話を聞いて、才座は頷いた。



「私が、元太のお母様を説得するわ。 認めてもらえれば良いんでしょ!」


 香澄は、少し不機嫌な感じだ。



「良いか、香澄。 それから元太にも言う。 俺と優実は2人の交際に反対しないが、但し条件がある。 節度を持って付き合う事と、2人で元太のお母さんの了解を取り付けること。 良いな」


 2人は頷いた。


 才座の話で、いきなり結論が出てしまった。すると、おもむろに、元晴が才座に近づいてきた。


「なあ、才座。 若い2人を家に帰したら、俺たちは飲みに行かないか?」



「悪い。 そうしたいところだが、優実と話があって今日はダメなんだ。 また、今度な」


 才座が申し訳なさそうな顔をすると、元晴は渋々了解した。


 その後3人は、ホテルから出された軽食を食べ、解散した。



◇◇◇



 才座が家に帰ると、優実と静香は夫婦専用室で待っていた。



「遅くなって悪かったな。 それで、静香の考えを聞かせてくれ」


 才座が言うと、静香は堂々と話し始めた。



「結論から言うわ。 私は、開北高校に行きたいの。 どうか許して」



「開北高校と言うと、確か仙台にあったよな。 新幹線なら、東京から通えるかな? それとも、ヘリなら確実か」


 才座は、娘に甘かった。



「全寮制だから、通えないわ」



「えっ、全寮制なの? 私は反対よ」


 優実は、思わず口を挟んだ。普段冷静な優実が、気持ちが昂っているのが分かる。



「何で、そこに行きたいんだ?」


 才座は、娘の静香を見据えた。



「私は、まだ未熟よ。 だから、自分を磨きたいの。 確かに開北高校は地方にあるけど、全国から優秀な生徒が集まる進学校よ。 難関大学への進学率は、駒場学園高校にも引けを取らない。 それに、寮の団体生活や厳しい校則で鍛えられるから精神が強くなる。 私は、お姉様みたいに空手が長続きしなかったから、自分を律することができる強い精神力がほしいの。 勉強だけじゃなく、人間として大きくなりたいの」


 武道を嗜む才座は、静香の言葉に心を動かされた。しかし、妻の優実は違った。



「静香の志は立派よ。 でも、私は反対する。 最低でも家から通えること。 家族が離ればなれになるのは耐えられない」


 予想外に反対する母の姿を見て、静香は少し動揺した。

 それと同時に、元太と香澄が交際する姿を見たくないのが本当の理由だということを、絶対に勘づかれてはならないと思った。

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