第115話 菱友家の事情

 菱友家の、寝室でのことである。

 深夜、才座は妻の優実を見つめ、何やら難しい顔をした。そんな夫を見て、優実も少し不安そうだ。



「どうしたの?」



「ああ。 今日の昼過ぎに、元晴から電話があってな。 今度、元太を交えて話したいって言うんだ。 それで、金曜の夕方に会うことになった」



「何の、話なの?」



「元晴は言わなかったが、恐らく香澄と元太との、交際の件だと思う」



「この前、香澄から聞いた話よね。 それで、交際を許すの?」



「ああ。 前にも言ったが、元太は、見どころのある青年だと思ってる。 だから、香澄と一緒になってくれたら嬉しいんだ。 それに、小さい頃から知ってるから、元太のことも可愛いんだ」



「男の子を産めなくて、ゴメンなさい」


 優実は、少し暗い顔をした。



「そんなことは無い。 絶対に無い。 俺は、優実に感謝してるんだ。 可愛い娘を2人も授けてくれて …。 それより、何より、君と一緒になれた事が嬉しくて…。 今でも変わらずに、幸せを噛みしめているんだ」


 才座は、必死に訴えた。



「フフッ、分かっているわ」


 優実は、悪戯げに微笑んだ。才座に愛されていることを、十分に感じていたのだ。



「でも、2人の交際を許すにしても簡単じゃないわ。 香澄は、住菱グループの後継者よ。 元太さんは菱友の婿に入ってくれるの?」



「ああ、だいじょうぶだ。 元晴は、元太が了解すれば、婿に出しても良いと言ってた。 それに、元太はできる男だ。 将来、グループ企業内で実績を上げれば、彼を後継者に推薦しても良いとさえ思ってる。 元太は、それほどまでに見込みのある男なんだ」



「あなたが、そこまで見込んでいるなら何も言わないけど …。 でも、お義父様は許してくれるの?」



「親父は、合理的に考える男だ。 元太を見れば分かるはずだ」


 才座は、自身に満ちた顔をした。



「それと、もう一つ気がかりな事があるわ」


 優実は、心配そうな顔で夫を見つめた。



「ああ、分かってる。 静香のことだろ」



「静香が元太さんを想う気持ちは本物よ。 だから、姉との交際を認めると、静香は間違いなく傷つくわ。 だから、認めるにしても時間をかけたほうが良いと思うわ」



「そうだな …。 俺も静香を傷つけたくはない。 元晴と元太には、静香のことを話すよ」



「2人とも可愛い娘よ。 円満に行くようにしてほしいわ」



「優実の言う通りだ。 俺も同じ気持ちだよ」



 才座は、妻の手を握った。



◇◇◇



 翌日、静香が通う中学校でのことである。


 進路指導室で、静香は担任の女性教諭である角田の面談を受けていた。


 角田は、静香の話を聞いて驚いたような顔をしたが、それと同時に思い詰めたような表情をする静香を見て心配になっていた。



「菱友さん、本当に開北高校を目指すの? 確かに、ここも全国トップレベルの進学校だけど、全寮制よ。 あなたの学力なら全国どこの高校でも入れるけど、名門の駒場学園高校にするべきよ。 ご両親と相談したの?」



「両親には、これから話します。 私は常々、自立した強い女性になりたいと思っています。 寮の集団生活は、将来社会に出た時の、人間関係に役に立つと考えています。 そこには、普通の学園生活にはない貴重な体験があると思うんです」


 静香の顔は真剣だ。

 しかし本心は、元太と姉の香澄が交際する姿を見たくなかった。近くにいると耐えられなかったのだ。

 それに、素直に祝福できない自分のことも嫌になってもいた。



 静香の真剣な顔を見て担任の角田は、納得したようすだ。



「分かったわ。 少し待っててね」


 角田は、進路指導室を一旦離れ、10分ほどして戻って来た。



「はい、開北高校の案内資料よ。 この学校は割と新しい学校だけど、難関大学への進学率は駒場学園高校や上等学園高校に並ぶわ。 だから、全国から秀才が集まるのよ。 全寮制だから、校則が厳しいけど、覚悟が必要よ。 恋愛もご法度だけど、だいじょうぶ?」


 角田は、ニヤッした。



「心配ないです。 覚悟のうえです」


 そう言って、静香は案内資料を受け取った。



「でも、本当に駒場学園高校にしなくて良いの? あなたのお姉さんもいるんでしょ。 それに、この中学から地方の開北高校に行く生徒はいないわ。 静香さん1人なのよ。 だから、ご両親に話す前に、もう一度、良く考えて見て」


 角田は、再び、心配そうな顔をした。



「はい、分かりました」


 静香は、角田に対し素直に返事した。


 しかし、心の中は違った。2人が交際しているところを見たくなかったから、とにかく姉の香澄から離れたかったのだ。かと言って、両親が1人暮らしを許すはずない。

 有名進学校で全寮制なのは、ここしか無かった。開北高校一択だったのだ。


 静香の頭の中は、どうやって両親を説得したら良いか、そのことでいっぱいだった。


 

 静香は、その日の夜、開北高校の案内資料を見ていた。


 かなり厳しい校則で、担任が言った通り、男女の交際も禁止とあった。


 しかし、静香は元太のことが本当に好きだから、他の男子と付き合う気はなかった。

 また、厳しい校則があるからこそ、元太を忘れられるかもしれないと考えた。


 しかし、そう思うと、哀しくなって、自然と涙がこぼれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る