第118話 菱友の家へ

 土曜になった。今日は、香澄を連れてくる日だ。

 俺は、朝からソワソワしていたが、それを悟られないように、いつもより寡黙になっていた。


 リビングに行くと、母はソファに座り、しみじみとした顔で、コーヒーを飲んでいた。


 父は、朝から仕事に出掛けている。母が香澄との交際に反対していると聞いて、敵前逃亡したのだ。

 普段は頼もしいのだが、母が絡むとからきしである。母のことが好きすぎて、頭が上がらないのだ。

 


「あら。 元ちゃん、おはよう。 いつもより早く起きて、どうしたの?」


 母は、白々しく聞いてきた。



「これから迎えに行くんだ。 午後は頼む。 もう、出かけるからな」



「元ちゃん、どうした? なんか、寡黙になってるぞ! それより、朝食はどうするの? ところで、午後に何があるの?」


 母は、あくまでもとぼけている。



「食欲がないから、朝食は良い。 なあ、母さん逃げんなよ」


 俺が言うと、母は寂しそうな顔をして頷いた。

 


「じゃあ、行くからな」


 母は、まだ下を向いている。今度は母が寡黙になった。



 俺は、家を出てから電車を乗り継ぎ、最寄りの駅に到着した。


 菱友の家は、高級住宅街の小高い丘の上にあり、駅からかなり遠い。

 普通ならタクシーを使うのであろうが、俺は歩いた。

 だから、朝早く出たにも関わらず、家に着いたのは、午前10時を過ぎていた。


 まず、デカい門の前に立ち、インターホンを鳴らし声をかけた。


「三枝ですが、香澄さんをお願いします」



「はい、承っております。 門扉を開けますので、そのままお入りください」


 家政婦らしき人の応答の後、デカい観音開きの門が、自動的に開いた。

 驚きながら入ると、広い庭があり、大きな邸宅に、長い道が続いていた。

 俺は、ひたすら歩いた。

 

 大邸宅の玄関前に着くと、再びインターホンを鳴らした。



「元太、遅かったじゃん。 ちょっと待ってて」


 今度は、インターホンに香澄が出て、しばらくすると大きな玄関ドアが開いた。



「さあ、早く入って!」


 俺は、香澄に手を引かれて豪邸の中に入った。

 中は、さながらホテルのような作りだ。長い通路を歩き豪華なリビングに案内された。



「ここに、座って待ってて」


 香澄はニッコリと笑い、どこかに行ってしまった。




(それにしても立派な部屋だな。 高そうな絵も飾ってある。 やはり、庶民とは違いすぎる)


 俺は、少し恐れをなして笑ってしまった。



「おう、元太。 来たか!」


 香澄の父の才座が来て、俺の肩を叩いた。そして、向かい合って座った。



「元太が子供の頃、別荘に連れて行ったことがあるが、そういえば本宅に来たのは初めてだったな。 これからは、遠慮せずに来てくれよ」



「はい。 おっちゃんには、小さい頃良くしてもらいました。 しかし、大きな家ですね、ビックリしました」



「そうか? まあ、こんなもんだと思うが、ホテルのような作りのせいかな。 話は変わるが、元太はどこの大学に行くんだ?」


 才座は、興味ありげに聞いてきた。



「両親と同じ、東慶大学に行こうと思っています」 



「そうか、あの大学は良いぞ。 特に法学部が良い。 菱友政経塾という歴史のあるサークルがあるんだが、元太も入りな。 もちろん、香澄にも同じことを言ってるが、香澄は承諾してる。 元太は、何を専攻するんだ?」


 才座は、ストレートに聞いてきた。



「まだ、決めていません。 これから考えます」


 俺は、理数系が好きだから、返事に窮してしまった。



「元太の母上も東慶大学の法学部だったが、 天才的な人だったぞ。 あまりの優秀さに、俺も、お前の父上の元晴も、驚いたもんだ」


 才座は、当時を懐かしむように目を細めた。



「はあ」


 俺は、ひと言返すのがやっとだった。母のことを言われ、なぜか恥ずかしくなっていたのだ。

 完全に寡黙モードに陥ってしまった。



「香澄と元太が付き合ってくれると、嬉しいんだ。 それから …」


 才座は、目配せして、この後は小さな声で続けた。



「静香のことだが、気にするな。 まだ子供なんだよ。 でもな、今回の件で、自分の将来を切り開こうとしてる。 だから、俺も応援しようと思ってるんだ …」


 才座は、しみじみとした顔をした。



「将来を切り開くとは?」


 俺は、意味が分からず聞いた。



「自分を厳しく律し、強くしたいと言って、全寮制の進学校を選んだ。 仙台の開北高校だ。 会えなくなるのは寂しいが、毎日、オンラインモニターで会話するさ。 でもな、今日は流石に家にいることが辛かったんだろう。 昨日から、祖父のところに泊まりに行ってるんだよ」


 

「そうか、全寮制の高校を選んだのか。 自分を律したいなんて、俺も見習わなければ。 静香さんは、偉いと思います」


 本心だった。香澄との交際にうつつを抜かしている自分が恥ずかしくなってしまった。



「でも、校則が厳しいと、スマホは禁止では?」


 つい、素朴な疑問を言ってしまった。



「俺も気になってな。 理事長に言っておいたから、だいじょうぶだ」 


 才座は、当然のような顔をして話した。この人の影響力には、いつも驚かされる。




 そうこうしていると、香澄が母の優実を伴ってきた。



「元太さん、いらっしゃい」


 優実が、声をかけてきた。


 

「お邪魔しています」


 俺は、立ち上がって挨拶した。



「背が高くなったわね。 それに凄く男らしい。 香澄が惹かれた訳が分かったわ」


 そういうと、優実は俺の顔をマジマジと見た。

 香澄の母は凄く美しい。娘2人が美しいのは、明らかに母のDNAだろう。



「お母様、恥ずかしいから言わないで」


 香澄は、顔を赤らめていた。

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