第114話 懐かしい声

 大学生になるまで、香澄との交際を待つように言われたが、1人の男として母の言いなりになる訳にいかない。でなければ、本当のマザコンになってしまう。


 そもそも子離れができてない母に、最初に相談した事が間違いだった。話を切り出す相手の順番を間違えてしまったのだ。迂闊であった。

 まずは、外堀から埋める必要がある。


 俺は、母との話を早々に切り上げ、自分の部屋に向かった。 

 部屋に入ると、父に電話した。

 夜の10時を過ぎているのに、まだ帰宅していない。母が俺に執着する理由は、ここにあるのかもしれない。



「元太だけど、今、電話良いか?」



「どうした、なにか緊急事態か? まさか、母さんになにかあったのか?」


 父は、常に母の事を気遣っていた。そのくせ仕事優先で、家族サービスは皆無だ。

 にも関わらず、母も父に対し不満を抱くことはない。ある意味、不思議な関係だと思う。



「母さんになにかあった訳じゃないよ。 それに、緊急事態じゃない。 俺が、相談したい事があるんだ」



「そうか、安心した」


 息子が相談があると言ったのに、聞きもせずに安心している。母は、俺に過干渉気味だか、父は無関心すぎる。



「父さんは、今日、帰れるのか?」



「悪い。 いつもの事だが、今日も帰れそうにない。 相談は、急ぎなのか?」



「急ぎと言えば …。 まあ、そうだけど。 でも、できたら菱友のおっちゃんも交えて話したいんだ」



「なんだ? はは〜ん、分かったぞ。 才座には俺から連絡をしておく。 1週間以内に日時と場所を設定するから、それまで待ってくれ」



「ああ、分かった」


 俺は、電話を切った。


 次に、香澄に電話した。



「遅くにスマンな。 今、良いか」



「うん、もちろん良いよ。 ところで、どうかした?」



「ああ。 静香さんは何か言ってたか?」



「いいえ。 何かあったの?」



「実は、今日の夕方図書館に来たんだ。 それで、少し話した」



「そうなんだ。 あの娘、元太に迫ったの?」



「そんな事はないけど …。 香澄と付き合う事を話したら、分かってくれたよ」



「えっ、本当に。 良かったわ。 元太は優柔不断なところがあるから、心配だったんだ。 それに、あの娘は行動力があるし。 でも良かった」



「心配なんかいらないさ。 俺は香澄と付き合うと言っただろ」



「そうね、信じてるわ」


 香澄の声が弾んでいるのが分かる。俺なんかのために喜んでくれて、悪い気がした。



「それでさ、さっき親父に連絡して、今度、菱友のおっちゃんも交えて、香澄との交際の事を話そうと思ってるんだ」



「えっ、私のお父様も交えるの? 元太1人で大丈夫? 私も行かなくていい?」


 香澄の声が大きくなった。



「そうだな …。 香澄がいた方が安心かもな。 1週間以内に日時と場所を設定すると言ってたから、分かったら連絡するよ」



「分かった。 嬉しいわ」


 香澄は凄く嬉しそうだ。声を聞いていると、俺も思わず笑顔になってしまう。


「それから …」



「えっ、まだあるの? なに?」


 香澄は、興味深々だ。



「また、定食屋に行こうな」



「なんだ、デートのお誘いか! 明日の夜でも良いよ」



「じゃあ、夕方の6時に待ってる」



「楽しみだわ。 優先して向かうわね」



 電話を切った。


 本当は、母から大学生になってからじゃないと交際を認めないと言われた事を伝えようとしたが、話を逸らした。

 どことなく気性が似ている2人がうまくやれるか、やはり心配だった。



◇◇◇



 翌日のことである。


 いつものように、定食屋で昼食を食べていると、突然スマホがなった。

 着信画面を見て、俺は目を疑った。

 あまりの驚きに、通話ボタンを押す手が震えてしまった。



「元太、久しぶり? ねえ、変わりなかった?」


 元気のある、懐かしい声がした。



「まあな …」



「また、その返事? それじゃ分からないよ。 ねえ、今、どこにいるの? 定食屋でしょ」


 相手の声が大きい。スピーカー音にしてないのに、声が漏れて周りに聞こえそうだ。



「そうだが …」



「懐かしいわ。 私も食べに行きたいわ」




「確かに …。 でっ、突然どうしたんだ? 転校して、別れて以来だな」



「そうね。 やっと電話ができるようになったのよ。 声が聞けて嬉しいわ」



「なんで、電話できなかったんだ?」



「私さ、家の都合で医学部に入らなきゃならないでしょ …。 成績が厳しくてさ。 だから、寝るのも惜しんで勉強したのよ。 最近の模試で国立の医学部でもA判定をもらえるようになったんだ。 元太は、東慶大学に行くんでしょ。 私も頑張って行こうと思ってるんだ。 そしたらさ、元太とまた会えるよ。 だからさ …」


 

「そうなのか …。 でも、悪い」



「なんで悪いの。 どういう意味よ?」



「それが …」



「ねえ、元太は好きな人がいるの?」



「ああ」



「えっ、それって私かな?」



「・ ・ ・」



「フフッ、訳ないか」



「転校してから連絡してなかっただろ。 いろいろあってさ」

 

 俺は、言い訳せずにいられなかった。



「元太は、モテモテね。 相手は、どんな娘なの?」



「空手をやってる娘でさ」



「そうか、武道仲間か。 元太にお似合いね」



「安子の方こそ、どうなんだよ?」



「何人かに告白されたわ。 でも、全て断った」



「なんでだよ?」



「あなたが、それを聞く?」


 安子は、不機嫌そうな声を出した。



「まあ、良いわ。 でも、もし同じ大学に入ったら友達だよ。 分かってるよね!」



「ああ」



「あっ、大変。 昼休みがなくなっちゃう、電話を切るね」


 俺は、安子の声を聞けて懐かしかった。

 去年の事なのに、あの頃が遠い昔のように思えた。

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