第113話 静香の告白

 静香の、あまりに可愛い笑顔に俺は戸惑ってしまった。


 姉妹だから、顔はどことなく似ているが、姉の香澄とは明らかに違う魅力がある。


 香澄は、欠点のない整った顔立ちをしており正統派美人だ。見る者が皆、息をのむような美しさがある。

 どことなく、俺の母を彷彿とさせる。


 対する静香は、とにかく可愛い。その愛くるしい笑顔を見ると、こちらも自然に笑顔になってしまう。いわゆるアイドル的な美しさだ。



 2人が、姉妹なのにタイプが違う美人なのは、性格が異なることが影響しているのかもしれない。



「元太さん、相変わらず数学の演習問題を解いてるね。 私も数学の勉強をするわ」


 そう言うと、静香はおもむろに演習問題を出した。そして、俺に見せつけるように問題を解き始めた。



「う〜ん、この問題は?」


 困ったような顔で、俺を見た。



「どれどれ。 あっ、これは大学レベルの演習問題だぞ。 でも、いつも解いてるんだろ?」


 以前、静香が大学レベルの演習問題を解いているのを見ていたから、さして驚かなかった。



「フフ、バレちゃった。 この程度なら解けるよ」


 静香は、悪戯っぽく笑った。あまりに可愛らしいので、俺も思わず口元が緩む。



「元太さん、この前、絡まれてた私を助けてくれてありがとう。 ちゃんとお礼を言ってなかったわ」



「あれか? そんなに気にすることはないさ。 困った事があればいつでも連絡してくれ」


 俺は、静香の肩を叩いた。



「ありがとう …」


 すると、静香は下を見て少し考え込んだ。



「元太さん。 私ね、上等学園高校に行くわ。 そして、高校生になったら元太さんに告白する。 その時に、しっかりと私を見てほしいの。 お父様も元太さんの気持ちがあるなら、お付き合いすることに反対しないと言ったわ」


 静香は、少し顔を赤らめて恥ずかしそうだ。



「えっ、おっちゃんが反対しないのか?」


 俺は、才座の考えが変わった事に驚いた。



「そうよ。 お姉様と同じスタートラインに立てたわ」


 静香は、嬉しそうに俺を見つめた。あまりの可愛さに少し心がグラついたが、直ぐに、その気持ちを打ち消した。

 静香に、香澄との交際を伝えなければならない。


 俺は、重い口を開いた。



「静香さん、良く聞いてくれ。 君は、まだ中学生だけど、すごく魅力的だと思う。 でも、俺を良く見ろよ。 君に相応しい男じゃないぞ。 君は、何か勘違いしてるんだと思う」


 話しながら自分にも言い聞かせていた。

 俺の脳裏に、香澄の顔が浮かんだ。



「そんな事はないわ。 元太さんは、周りの男子とは違う。 とても素敵よ!  それに男女の相性は、実際にお付き合いしないと分からない。 結論は、それからでも遅くないわ。 ねえ、そうでしょ」


 静香は、必死に訴えた。



「ああ、確かにそうだが …。 でも、2人と同時に付き合えない。 俺は …」


 静香がいきなり俺の口に手を当て、喋るのを遮った。



「分かってる。 その先は言わないで」

 

 静香は、今にも泣き出しそうなのを、必死に堪えていた。



「元太さんは、お姉様とお付き合いするんでしょ。 聞いて知ってたわ。 お姉様は正直だから嘘は付かない。 それでも、確かめずにいられなかった。 だから来たの …」


 無理に自分を納得させるかのように、小さく頷いた。

 


「でも、これで行くわ」


 静香は、帰り支度をして立ち上がった。

 悲痛な表情をしていたが、俺は声をかける事ができなかった。


 彼女は、少し歩いたところで後ろを振り向いた。



「お姉様をよろしくね」


 いつもの笑顔になっていた。



「ああ! ありがとう」


 ひと言返すのがやっとだった。

 寡黙な俺に、気の利いた台詞など言えるハズがない。静香が俺のことを諦めてくれて安堵したが、寂しさも募った。

 恋愛に関して、ダメな自分を自覚した。


 静香が帰った後、勉強する気になれず、俺も直ぐに家に帰った。



◇◇◇



 リビングのソファーで、ぼーとしていると、午後9時を過ぎた頃、いつものように母が帰ってきた。



「元ちゃん、帰ったよ。 寂しかったでしょ? さあ、ハグして!」


 母は、いつものように明るい。



「なあ、母さん。 話があるんだ」


 俺は、真剣な顔で母を見た。



「えっ、ハグはしないの? まあ、良いわ。 ちょっと待って、着替えるから」


 そう言うと、サッとスーツを脱ぎジャージに着替えた。

 いつもの事であるが、目のやり場に困ってしまう。

 母は、息子の俺から見ても美しい。だから、照れてしまう。



「お待たせ。 ところで、相談って何かな?」


 母は、興味ありげに聞いてきた。



「そのう …」



「ダメよ。 認めないわ」



「えっ、まだ喋ってないが?」


 俺は、呆気に取られ母を見た。



「彼女ができたんでしょ? でも、学生の本分は勉強よ。 恋愛は、大人になってからよ!」


 母は、珍しく厳しい顔をした。



「何で分かったんだ?」



「そりゃ、分かるわ。 元ちゃんは、私が産んだ子だもの。 以心伝心よ」



「でも、理由が納得いかない。 母さんだって大学生の時に結婚してるじゃないか。 説得力がないぞ」


 俺は、思わず反論した。



「じゃあ、訂正するわ。 大学に入ってからね!」


 母は、大きな目を細めて言った。機嫌が悪い時の表情だが、香澄が怒った時に似ている。


 母に似てるから香澄を好きになったとしたら、悲しいかな俺はマザコンだ。

 母に香澄とのことを説得しなければならないが、それ以前に、同じような性格の2人が仲良くできるのか心配になってしまった。

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