第112話 香澄からの依頼

 日曜の夜遅く、俺のスマホが鳴った。見ると香澄からだった。



「ゴメン、遅くに。 話があって電話したの …」


 香澄の声が、いつもと違い元気がない。



「どうした?」



「うん。 午前中は、特別師範でお世話になりました。 とても、感謝してるわ」


 香澄の声のトーンが少し高くなってきた。



「ああ。 俺も身体を動かして気持ち良かったぜ。 ところで、話というのは …。 もしかして、俺との交際のことか?」


 何となく察しがついた。



「そうよ。 あれから帰って元太とのことを両親に話したの。 元太の気持ちがあるなら交際は認めるって」



「良かった。 おっちゃんに連絡して、香澄の家に挨拶に行くが、それで良いよな?」


 俺は嬉しくなり、思わず大きな声を出してしまった。



「うん、頼むわ …。 だけど、静香をあまり傷付けたくないの。 家に来る前に、あの娘に付き合えないとヤンワリと話してほしいの。 静香は本気だから …」


 香澄は、重い口調で話した。



「何だよ、それ?」


 俺は、少し心苦しくなってしまった。



「ねえ、静香と志望校の話をした?」


 香澄の口調は、少し不機嫌な感じになってきた。何もやましい事はないが、俺は息をのんだ。



「ああ、静香さんが図書館を訪ねてきた時に話した。 俺と同じ上等学園高校を志望すると言ったから、菱友家の一員なら駒場学園高校に行くべきと伝えた。 だけど、静香さんの意志が固くて、結局、上等学園高校に行くことを曲げなかった …」


 俺は、そこで黙ってしまった。



「それで、元太は賛成したの?」



「賛成するも何も、行きたいのは仕方ないだろ。 だから、反対はしなかった」


 俺は、正直に話した。



「あの娘、高校に入ったら元太に告白すると言ってたわ。 そうなったら、どうするのよ?」


 香澄は、俺の心を試しているようだ。



「俺は、香澄に交際を申し込んだ。 だから、告白されても断るし、そうなる前に、静香さんに事情を伝えるさ」


 正直、静香は可愛いと思うが、妹のような存在だった。だから、ハッキリと言えた。



「可哀そうだけど、静香に気持ちを伝えてあげて …。 多分、あの娘、元太に連絡すると思うわ。 ああ見えて、私より行動力があるし、必ずやり遂げる性格なの …」


 香澄は、ため息をついた。



「えっ、そうなのか? 香澄より行動力があるのか? 確かに物怖じせず明るく話すけど …。 でも、凄く可愛いから、イメージと違う気がする」


 俺は、つい思ってる事を言ってしまった。



「何よ、私が大人しく無いみたいじゃない。 私だって、か弱い女の子なんだからね!」


 香澄は、不機嫌になってきた。



「分かってるさ。 誤解させるような事を言ってスマン。 静香さんは妹みたいなもんで、香澄とは違うんだ。 君を女性として見てる」



「まあ、良いわ。 話は戻るけど、静香を傷つけないように、それでいてハッキリと伝えてよ」


 香澄の機嫌がなおったようだ。ある意味、瞬間湯沸かし器のような性格である。



「分かった。 とりあえず妹さんから連絡が来るか待ってみる。 もし来なければ、こちらからヤンワリと伝えるよ」



「本当に頼むわ。 じゃあ、おやすみ」


 香澄は、電話を切った。


 俺の香澄に対する気持ちは本物であるが、静香の事を思うと切なくなってしまった。



◇◇◇



 翌日、学校の昼休みに、加藤に話しかけられた。



「なあ、三枝。 今日は暗く沈んでるが、何かあったのか?」


 加藤は、ニヤついて俺を見た。



「会話が少なく根暗なのは、いつも通りだが、なぜそう思うんだ?」


 俺は、静香の事を聞かされてから、気が晴れないでいた。



「確かに、口数が少ないのはいつも通りだが、視線が下を見てるっていうか、何か違う気がするんだ。 図星なのか?」



「まあな」



「彼女がいないのは気にする事はないぜ。 俺も同じだ! 三枝も冬の時代に突入したのさ。 なあ、気晴らしにゲーセン行くか?」


 加藤の意図が読めた。勉強ばかりでうっぷんを晴らしたいのだ。



「悪いけど、今日はやめとく。 また、今度な!」


 静香から連絡が来ると思うと、遊ぶ気分になれなかった。



「そうか? じゃあ、俺は塾に行く。 明けても暮れても勉強ばかりで、嫌んなっちまうよな!」


 そう言って、加藤は俺の肩を叩いた。



 夕方になり、俺は、都立図書館に向かっていた。自分の事ながら、いつものルーティンは変えられないようだ。


 図書館では、いつもの席で、いつものように演習問題を解き始めた。

 集中すると時間を忘れてしまう。

 気がつくと午後7時30分を過ぎていた。


 座って背伸びをした、その時である。



「元太さ〜ん」


 明るい女性の声が聞こえた。


 声のする方を見ると、静香が立っていた。いつも通り可愛く笑っていた。

 静香の笑顔は、親しみやすく癒される。思わず、俺も笑顔になってしまった。



「あっ、静香さん。 こんな遅い時間にどうした?」

 


「時間が遅くても、運転手の武藤と来てるからだいじょうぶよ。 ねえ、隣に座っても良いかしら?」



「ああ。 良いが、そんなに時間がないぞ」


 俺は、静香を見て、いつになく緊張していた。

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