第111話 姉妹の対立

 香澄は、父の顔を見据えた後、立ち上がりゆっくりと近づいた。

 そして、才座の座っている前に静かに立った。



「師範、見ていただけますか?」


 言い終わると、少し腰を落とした。



シュフォー


 そして、空手の息吹により呼吸を整えた。



 次の瞬間、無言で正拳突きを放った。



シュッ、シュッ



 激しい風切り音がして拳が前後したが、速すぎて見えない。



「見事だ!」


 才座は、思わず声を上げた。


 そんな父の様子を見て、香澄はゆっくりと話し始めた。



「私は小さい頃より空手道を学び鍛錬してきました。 やるからには、お父様のように強くなりたいと思い頑張って来ました。 私は女性ですが、武道経験のある男性と闘っても負ける気がしません。 それほどまでに上達しました。 これもひとえに練習のたまものです。 正直に申しますと、私は、世間一般の男性が弱々しく物足りなく思えるのです。 これまでに多くの方から交際を申し込まれましたが、全てお断りしました。 でも、そんな私にも尊敬する男性が3人います。 まず、お父様と、その親友の元晴おじ様。 2人とも空手の達人です。 他に、もう1人います。 今日の部活で、特別師範を引き受けてくれた方です …」


 香澄は、言葉をのみこんだ。



「元太には、期間の延長を断られたんだろ。 他に、適任者がいたのか? もう1人の尊敬する男性とは、空手部のOBなのか?」


 才座は、興味深そうに尋ねた。




「空手部の、OBではありません」



「じゃあ、誰なんだ?」



「お父様が、知ってる方です」


 香澄は、頬を赤らめた。



「えっ、元太が引き受けたのか?」


 才座は、驚きの声を上げた。


 すると、香澄は、無言でうなずいた。



「改めて、私が頼んだら、心良く引き受けてくれました。 それに、報告があります。 実は、元太に私の思いを正直に伝えたら、彼から交際を申し込まれました。 まだ学生ではありますが、2人が付き合うことを許していただきたいのです」


 香澄は、しっかりとした口調で話したが、少し恥ずかしそうだ。



 才座は、香澄の話にかなり驚いた。2人の仲を期待していたが、進展しない様子を見て諦めていたのだ。



 香澄の話を聞いて、静香も驚いていた。

 そして、彼女は声を荒げた。


「嘘よ。 そんなはずないわ! 元太さんは特別師範の延長を断ったと言ってたわ。 私が上等学園高校を志望する事に対しても、認めてくれたのよ。 お姉様に交際を申し込むなんてあり得ない。 それに …」


 静香は、母の優実を見た。



「私は、高校に入るまで元太さんに交際を申し込まない事を、お母様と約束したわ。 その代わり、お姉様が元太さんに、チョッカイを出さないようにさせると言ったのに …」


 静香は、涙を流して訴えた。


 

「ゴメン、静香。 香澄には言ってなかったわ。 まさか、自分からアプローチすると思わなかったの」


 優実は、娘の静香に申し訳なさそうな顔をした。



「そんな …。 でも、私はお姉様の言うことを信じない。 上等学園高校に進学して、元太さんに交際を申し込む」


 静香は、思い詰めた顔をした。



「男子と付き合うために、高校を選ぶなんて間違ってるぞ。 高校や大学は、勉強をするために行くんだ」


 才座は、呆れたような顔をした。



「学校は勉強するだけのところじゃないわ。 高校生活の中で、様々な経験を積むことは社会勉強にもなる。 そこには恋愛だって含まれる。 それに、私は勉強が好きだから、おろそかにしない」


 静香は、才座に食い下がった。



「俺が言ってるのは、そう言うことじゃない。 学校を選ぶ理由が間違ってると言ってるんだ」


 才座は、少し声を荒げてしまった。



「お父様は、お姉様の味方なんだ。 私のことなんか、どうでも良いんだ」


 静香は、すごく悲しげな表情をした。才座は、それを見て言いすぎたと反省した。



「2人とも可愛いんだ。 高校は、静香が選んだところに行きなさい。 但し、東慶大学に行く事が条件だ。 それに、元太のことだが …。 香澄と静香の2人に言っておく」


 才座が話すと、姉妹は父の顔を真剣に見た。



「おまえ達は未成年だが、元太と付き合う事に反対はしない。 むしろ賛成だ。 だがな、それは元太の気持ちがあってのことだ。 それに、相手のご両親の許しも必要だ」


 才座は、優しく姉妹を見つめた。



「分かったわ。 元太の気持ちを大事にするわ。 静香、それで良いよね」


 香澄は、静香を気遣うように優しく話した。

 その様子を見て、静香は不安な顔をして下を向いた。元太の気持ちが姉に向かった事を察したようだ。



「元太さんの気持ちを第一に考える」


 静香は、蚊の鳴くような小さな声で答えた。


 香澄は、静香の気持ちを思うと切なくなり、そばに駆け寄り手を握った。



「さあ、この話はもうやめだ。 そうだ! せっかくの休みだから、皆んなで住菱レジャーランドに行くか?」


 才座も姉妹のそばに駆け寄り、2人の肩を叩いた。



「そうね、久しぶりに行こうよ! 今から行けば、エレクトリカルパレードに間に合うわ」


 優実も駆け寄り、静香の肩を叩いた。



「うん」


 静香は、泣きながら頷いた。

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