第107話 一応の幕引き

 周りがいくら説得しても、警察沙汰にする事を、田所本人が拒んだ。



「正直に考えを言うとさ …。 三枝との対立は、些細な事が原因だったし、俺にも悪いところがあったんだ。 今回の件を教訓に、今後は気をつけて行動しようと思う。 人生勉強だと思って。 う〜ん …。 割り切るしかないかな」


 田所は、爽やかに笑った。



「ご両親! 息子さんの言葉を聞いて、凄く立派だと思いました。 育て方が良かったのですね。 この先、犯人が分かれば、もちろん処分を含めて検討しますが、今は証拠がない。 憶測で人を裁けない事を、お含みおきください」


 宮沢は、深々と頭を下げた。


 両親は、宮沢の言葉より、息子の心変わりに驚いたようすだ。

 唖然とした顔で彼を見ていた。


 宮沢は、この流れが変わらないうちに、早々に退散した。



◇◇◇



 翌朝、職員室での事。

 

 宮沢は教頭の坂井を訪ね、一礼した。

 昨日の事を反省してか、少し伏し目がちのようすだ。



「教頭、お話があります」


 

「どうしました?」


 坂井は、田所の件だと思ったが、わざととぼけた。



「昨日、田所の自宅を訪ね話をしてきました。 本人に聞くと、襲われたのは夜間だったので、相手の顔を見てなかったそうです。 背格好から判断して三枝に似てると思ったが、良く考えて見ると分からない、自信がなくなったと言ってました。 三枝との対立は、些細な事が原因だったようで、自分にも悪いところがあったと反省していました」


 宮沢は、安堵の表情を浮かべ、教頭の坂井を見た。



「それで、宮沢教諭はどう思うんだ?」



「最初は、私も三枝を疑いましたが、思い込みの所があったと思います。 彼が否定したにも関わらず、決めつけてしまいました。 反省しています」



「それで?」


 坂井は、宮沢に謎かけのように話した。彼女に考えさせたい意図が見える。



「それでと申されますと?」


 宮沢は、不思議そうな顔をした。



「昨日、教育には生徒との信頼関係が必要だと言ったが …。 君は、それをどう考えるのかね?」



「田所は、被害を申し立てないと言ってますし …。 これで全てが解決したと思います。 もし、加害者が判明したら、怪我を負わされた田所のためにも、しっかりとした処分を科す必要があると思います」


 宮沢は、自信を持って答えた。



「ところで、田所は君のクラスにいるのかね?」



「いえ、田所は3年生です。 最初に説明した通り、私のクラスじゃありません」


 宮沢は、質問の意図が分からなくなり、不機嫌な顔になって来た。



「君は、自分のクラスにいない生徒のことばかり言ってるが、それで良いのかね?」


 坂井は、厳しい顔をした。


 反対に宮沢は、坂井の雰囲気を感じ取り、殊勝な顔をした。



「宮沢教諭! 君は、自分の思いが優先し過ぎて、人の気持ちを感じ取ってないようだ。 証拠も無いのに、加害者と決めつけられた生徒はどう思ってる? その生徒のクラスの担任は誰なんだ?」


 坂井は、呆れたような顔をした。

 


「ああ …。 私は、証拠もなしに三枝を犯人のように扱った。 彼に謝る必要があると思います」



「やっと分かったようだな。 もし、君がこのことに気がつかなかったら、校長に、君が教師に不適格であることを報告するつもりだった。 そうなれば、ここに居られなくなる」



「直ぐに対処します。 申し訳ありませんでした」


 宮沢は、深く頭を下げ自分の席に戻った。



◇◇◇



 昼休みに、俺は担任の宮沢から個別指導室に呼び出された。



「田所さんが、怪我をした件ですが、三枝さんが深く関わっていると言いましたが …。 あのう …。 そのう …。 私は、間違った対応をしました。 その点は、お詫びします」


 宮沢は、謝罪しながらも目が泳いでいた。



「それは、どういう意味ですか?」



「三枝さんを犯人と決めつけて話したのですが、言い方が良くなかったです」


 宮沢の歯切れが悪かった。



「自分の嫌疑が晴れたんですか?」



「田所さんが言うには …。 暗い場所でいきなり殴られたから、相手を確認できなかったそうです。 彼は、これ以上追求はせず、人生勉強と思う事にしたと言ってました。 まだ高校生なのに、立派な考えです。 そう思いませんか?」


 宮沢は、俺に見習えと言わんばかりの顔で言った。


 ゲームセンター宝島で、中学時代の不良仲間の武井に殴られたハズなのに、暗闇でいきなりやられたと話をすり替えている。田所らしいと思った。

 そして、彼の言う事を信じて疑わない宮沢の態度も滑稽だった。



「じゃあ、犯人は分かったんですか?」



「いえ、分かりません。 しかし、証拠が見つかれば容赦なく追い詰めます。 逃げ得は、絶対に許しません」


 宮沢は、俺を睨んだ。



「今日、何のために呼び出したんでしょう? 証拠を見つけたら容赦しないと、俺に言いたい見たいだが …。 前にも言ったけど、自分は犯人じゃないですよ」



「あなたが犯人とは言ってません。 犯人と決めつけた事を謝罪したくて、今日、呼び出したんです」



「謝罪してるように見えませんが、一応分かりました」



 俺は、個別指導室を後にした。



 教室に戻ると、加藤が話しかけてきた。



「また、昼を食う時間が無くなったな。 それで、宮沢はなんて?」



「田所を殴った犯人は、分からないそうだ」



「嫌疑が晴れたのか?」



「一応、そんな感じだったが、証拠が見つかれば、容赦しないと言われ、すごい目で睨まれたよ」



「それって、形だけの謝罪だな。 証拠の映像をどうする?」



「今のところは、必要無さそうだ」



「やはり最後の切り札か。 ところで、腹が減っただろ!」


 そう言うと、加藤は俺にカロリーメイトを一箱渡した。

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