第106話 ずる賢い男

 宮沢が落ち込んでいる様子を見て、坂井は言いすぎたと思った。


 そして、さっきとは違う優しい口調で話し始めた。



「三枝が加害者なら、確たる証拠が無ければなりません。 また、そうだったとしても、被害生徒に配慮しながらも、加害生徒の更生をも考えて対処する必要があります。 教師とは、子ども達の人生を左右する職業である事を自覚してください」



「はい」


 宮沢は、納得した様子だ。



「宮沢教諭、もう一度、調査してください。 確実な調査をして、その結果を1週間以内に報告してください。 良いですね?」


 宮沢は、教頭の話を正論だと認めながらも、この件から逃げたくなっていた。



「あのう …。 その調査は、被害生徒の担任が行うのが筋かと思うのですが?」


 宮沢の返事を聞いて、坂井は呆れてしまった。

 そして、再び、強い口調に変わった。



「あなたは、加害生徒の担任なんだろ? それに、三枝に面談までしたのだから、しっかりと最後まで関わってもらう。 分かりましたか?」



「はい」


 教頭の坂井に言われ、宮沢は小さくうなずいた。



◇◇◇



 その夜、宮沢は田所の家を訪ねた。

 

 そして、先日と同じく、田所本人に両親を交え話し合った。



「先生、その後、加害者の三枝という生徒への処分は決まりましたか?」


 田所の父は、宮沢を急かすように言った。



「・ ・ ・」



「先生、どうしました?」



「はい …」


 宮沢は、心苦しくて即答できなかった。



「あのう、実は …」



「なんですか?」



「今日は再度の調査のために来ました。 雅史さんに、怪我をさせられた時の状況を、もう一度詳しく聞かせてほしいのです」


 宮沢は、申し訳なさそうな顔をした。



「なにを言ってるんですか? 三枝という生徒が犯人なんでしょ。 先生は、そいつに責任を取らせると言ったじゃないか!」


 田所の父親は、不機嫌になった。



「雅史さんと三枝さん2人にトラブルがあった後に怪我をした事を考えると、状況的に三枝さんが犯人だと思ったのですが …。 でも、三枝さんは否定しました。 だから、もう一度、真実を確認する必要が生じているのです」



「犯人が、自分からやったと言う訳ない。 嘘を言ってるに違いない!」


 田所の父親は、興奮気味に喋った。



「学校に捜査権はありません。 犯人が、分からないのです」



「先生は、自分が嘘を言ってると? 加害者の言葉を信じて、被害者である自分の言葉を信じないんですか?」


 田所が、強い口調で叫んだ。



「そんな事は言ってません。 ただ、三枝さんが犯人かどうか分からないと言ってるだけです。 それでは、雅史さんに聞きます。 あなたは、怪我をした時に警察に被害届けを出しましたか?」



「夜道で、いきなり殴られてパニックになってたから、警察なんて思いつかなかった。 それに、後で冷静になって考えて、喧嘩に負けた事を認めるようで、俺のプライドが許さなかった。 だから、警察には行ってない」


 田所は、咄嗟に言い訳を考えた。



「それなら、学校で噂になるけど、あなたのプライドは傷つかないの?」



「先生は、被害者の気持ちを分かってない。 毎日、悔しくて泣いてるんだ」

 

 田所は、涙ながらに訴えた。



 すると、今度は田所の母親が加勢した。



「先生、うちの雅史は被害者なんですよ。 なんで、加害者の味方をするんですか?」


 田所の父親も同調して、うなずいた。



「とにかく、加害者が特定できない事には、これ以上は、どうしようも無いんです」


 宮沢は、同じ事を繰り返した。



「先生は、加害生徒に責任を取らせると、あれだけ強く言ったじゃありませんか? あの時の意気込みはどこに行ったんですか?」


 田所の父親が、宮沢を批判するように話した。



「学校は、警察じゃありません。 雅史さんも、夜で見えなかったと言ってます。 とにかく、確実な証拠がほしいんです。 無いと動けないんです」


 宮沢も必死だった。



「雅史、おまえが警察で証言したらどうだ?」


 田所の父親も、警察を介入させる事に賛成なようだ。



「被害者の痛々しい姿を見ての証言なら、警察も捜査すると思います。 私も、これまで知り得た情報を証言します」


 宮沢も、警察を介入させるのがベストな選択だと思えてきた。



「背格好から見ると三枝に間違いないと思うが、正直なところ、分からないんだ。 だから、警察なんて …」


 田所は、泣きながら訴えた。



「これからでも、警察に被害届けを出すべきです!」 


 宮沢は、本人が躊躇しているのを見て、田所の父親に話しかけた。



「雅史、どうだ? 警察が捜査してくれるかも知れない。 それが良いんじゃないか?」


 田所の父親は、息子を説得した。



「いや、俺はもう良い。 今回は、自分が怪我をしたが、一歩間違えば相手に怪我をさせたかも知れない。 だから、この件は、悔しくても、これで幕引きだ」


 田所は、警察が捜査すると、武井との関係を暴かれ、ひいては神野に握られている証拠まで表沙汰になると考えた。


 彼は、計算高い男だった。



「雅史、それで良いのか? 真実を追求しなくて良いのか? あれだけ泣いて悔しがってたじゃないか …」


 田所の父親は、息子を必死に説得し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る