第105話 嵐の前の静けさ

 香澄が家に帰ると、母の優実と妹の静香がリビングで、くつろいでいた。



「ただいま帰りました」


 香澄は、母の優実に挨拶した。



「遅かったわね。 先に夕食を頂いたから、あなたも家政婦に用意させて早く済ませなさい」


 優実は、少し心配そうだ。



「お母様、ありがとう。 でも、今日は食べて来たから良いわ」


 香澄は笑顔で答えた。



「そう、どこで食べたのかしら?」


 優実は、少し気になったようだ。



「今夜は、大切な人と食事したの。 それより、お父様が居る時に、お話ししたい事があるんだけど、時間を取って欲しいの。 いつが良いかしら?」



「私は良いけど、あの人は出張とかで忙しいから、今度の日曜になるわ。 それでも良いかしら?」


 優実は、香澄が言った大切な人が誰なのか少し気になったが、あえて聞かなかった。

 また、いつに無く上機嫌なのも気になっていた。



「日曜で構わないわ」



「ところで、何の話?」


 優実は、心配そうに香澄を見た。



「その時に言うわ。 別に気にしないで」


 香澄は、笑顔で話した。



「フフ。 香澄の笑顔を、久しぶりに見たわ。 母親の私が言うのも何だけど、あなたには笑顔が良く似合うわ。 とても素敵よ」


 優実は、娘の変化を感じたようだ。



「そうかな? でも、嬉しいわ。 ありがとう。 これからお風呂に入って、先に休むわ」


 香澄は、笑顔で話した。


 根が正直だから、喜びが態度に現れてしまう。

 それを見て、母の優実も思わず笑顔になった。



「どうしたの、お姉様。 嬉しそうだけど、何か良い事でもあったの?」


 2人の会話を聞いて、静香が寄って来た。

 そして、姉の顔を覗き込んだ。



「何もないよ。 それより静香は、高校を決めた?」


 香澄は、妹の静香に優しく言った。



「私の中では決めてるけど、今度、お父様とお母様に相談するわ」


 静香も、姉の香澄に笑顔で対抗した。



「それなら、日曜に私もお父様とお母様に話をするから、その後にすれば? ねえ、お母様良いでしょ」



「そうね。 でも、静香の都合もあるから …。 それで、良いの?」


 母の優実は、心配そうに静香を見た。



「良いわよ。 お姉様の話の後にお願いします」


 静香は、姉の香澄をチラッと見た。



「じゃあ私の後に、静香の進路の話をするのね」


 香澄は、静香に笑顔で答えた。


 家族のリビングに、和やかな雰囲気が漂っていた。

 


◇◇◇



 翌日の朝、上等学園高校の職員室での事である。


 宮沢教諭が、教頭の坂井に呼び出された。



「先日報告があった、3年の田所 雅史が怪我をした件だが、三枝 元太の暴力によるものだと言ったが間違いないか?」


 教頭の坂井は、いつに無く厳しい顔で話した。宮沢は、そんな坂井の様子を見て一瞬怯んだが、直ぐに気を取り直した。



「はい、報告の通りです。 これだけ状況証拠が揃っていて、三枝が言い逃れできる余地はありません」


 宮沢は、自信を持って答えた。



「昨日、校長に話したが、確たる証拠を掴むまでは、動くなと言われた。 君は、三枝に面談したと言ったが、彼は罪を認めたのか?」



「いえ、認めていません」


 宮沢は、平気な顔でキッパリと言った。



「この段階で、三枝への面談はまずかったな」



「えっ、どうしてですか?」


 宮沢は、不思議そうな顔をした。



「君は、桜井興産の御曹司の話を知らないのか?」



「私は、退職した南田教諭の代わりに、法人グループの予備校から引き抜いていただき、この学校に来ました。 ですから、教頭の言われた桜井興産の御曹司の件は、存じておりません」


 宮沢は、坂井を訝しんだ。



「君の前任の南田教諭は、桜井 涼介と三枝 元太とのトラブルに巻き込まれて退職したんだ。 彼は、桜井の証言を鵜呑みにして、三枝がカンニングしたと思い込み彼の処分を進めた。 しかし、三枝の両親が、この学校の理事長に圧力をかけて調査するように仕向けた。 また、三枝自身も桜井が企んだ不正を暴き、南田教諭は窮地に追いやられ退職した。 もしも今回、同じような事が起きれば、君には責任を取ってもらう事になる。 その覚悟はあるのか?」



「そんな」


 宮沢は、予想外の展開に一瞬怯んだが、気を取り直して続けた。



「でも、今回の件は間違いないと思ってますし …。 教師が言えば、生徒は逆らえないはず」



「逆らえないって …。 君は、何を言ってるんだ? 分かるように説明しろ!」


 坂井は、不機嫌な顔をした。



「教育とは、学問をいかに効率的に生徒に吸収させるか、これに尽きると思います。 その為には、教師と生徒は主従の関係で無ければなりません。 でなければ、生徒は受験戦争に勝てないのです。 私は、法人のグループの予備校で教えられました。 間違っていますか?」


 宮沢は、自信を持って語った。



「違う! それは予備校での話だ。 君は、大学の教育課程で何を学んだ? 学校というのは、学問のみならず人を育てるところだ。 そこには、人とのふれあい、思いやり、敬い、正義、思想、体力強化等、様々な教育がある。 教師は、生徒に対し常に公平公正に、親身になって接する必要がある。 そこには、信頼関係が無ければならない!」


 坂井は、熱弁した。


 宮沢は、圧倒されて何も言えなかった。

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