第102話 変わった担任

 宮沢から証人がいると言われ、俺は不思議に思った。しかし、彼女の自信に満ちた顔を見ると嘘はないように思える。

 そこで無駄と思ったが、証人の事を一応聞いてみる事にした。



「証人と言われましたが、誰ですか? 男子ですか、それとも女子ですか?」



「証人の事は言えません。 重要なのは、あなたが暴力を振るったという事実です」


 宮沢は、キリッとして言った。



「先生は、俺が暴力を振るったと言う。 しかし、俺は何もしていない。 少なくとも、自分の事だから俺には分かる。 俺が何もしてなかった場合、先生はどう責任を取るんですか?」


 俺は、努めて冷静に言った。



「何で、私が責任を取るの? 私は教師という立場で接しています。 あなたは、私に対し口答えしてはならないのよ! それを心得なさい!」


 宮沢は、声を荒げた。この教師は少し変わっているようだ。


 俺は、そんな彼女の考え方に、少し興味をそそられた。



「ところで先生は、教師が生徒に対し思想を強制したり体罰を科すことを良としますか?」



「何で、あなたにそんな事を答える必要がある? 生徒は大人しく従属的に教えを請えば良い存在なんだ」


 俺は、宮沢の態度を見て、何を言ってもダメだと思った。



「そんな考えなのか。 もう、先生と話す事はありません。 これで失礼します」


 俺は、部屋を出ようとした。



「待ちなさい! 私の言う事を聞けないのなら、内申書の評価が下がりますよ。 あなたは、なぜ、罪を認め反省しないのですか? いくら成績が良くても、人間としてダメです。 素直に教師の言う事を聞くものです」



「だから、俺はやってないって!」


 俺が睨みつけると、宮沢は一瞬怯んだ。



「さっさと行って! あなたの事を、上に報告するから。 後で後悔しても遅いわ」


 宮沢は、勝ち誇ったような目で俺を見た。



 個別指導室を出て教室に戻ると、加藤が話しかけてきた。



「なあ、宮沢は何て?」



「田所の件で、俺がやった事を証言する生徒が現れた見たいだ。 やってないと言ったらヒステリックに怒られたよ。 おかげで昼飯を食う時間がなくなっちまったぜ」


 俺は、宮沢に呆れていた。



「ひでえ話だな。 腹が減るだろ。 これをやるから食べな」


 加藤から、カロリーメイトを一箱渡された。



「良いのか?」



「ああ。 腹が減ると勉強に集中できないから、夕方の塾で食べてんだ。 予備があるからだいじょうぶさ」



「すまんな。 この借りはいつか返すぜ」



「気にするな! ところで、田所の件だが、この後、宮沢はどうするんだ?」



「上に報告するとか言ってたが、どうなる事やら」



「そうか。 なら、最後に証拠を出そうぜ。 宮沢は、日頃から生徒を見下すような言動があるから、反省させないとな」



「まあな」



「出た、三枝のまあな。 意味は分かるぜ」


 加藤は、ニヤついた。そして続けた。



「なあ、三枝。 神野から、おまえが俺のことを良い奴だと言ってたと聞いた。 嬉しかったぜ」


 加藤は、照れたような顔をした後、自分の席に戻った。



◇◇◇



 その日の夕方、田所の家での事である。

 

 宮沢が、田所の両親と本人を交え、面談していた。



「田所さん。 あなたを殴ったのは、私のクラスの2年の三枝さんに間違いない? あなたの、同級生の三上さんから、あなたと三枝さんの2人にトラブルがあったと聞いたわ。 事実なら、罪を明らかにするわ」



「先生、お願いします。 雅史の顔を見てやってください。 まるでボクシングに負けた選手のようだ。 医者から、全治一か月と言われました。 ここまでやるなんて、加害者の凶悪性を考えると、その男子生徒の将来が心配です。 若いうちに更生させるべきです」


 田所の父が言うと、その隣に座る母がうなずいた。



「先生。 暗がりでいきなりだったから、俺は相手の顔を見てません。 でも、三枝と同じくらい長身の相手だという事は分かりました。 それ、以上の事は言えませんが、先生にお任せします。 俺は、一方的に暴力を振るわれて悔しいです。 それに、この顔じゃ恥ずかしくて学校に行けやしない」


 田所は、涙を流した。


 しかし田所は、俺が犯人だという事を肯定も否定もしなかった。そのくせ、宮沢を焚きつけていた。



「私は、田所さんの担任ではありませんが、加害者の生徒には、必ず責任を取らせます。 だから、心の傷を早く癒すのよ」


 宮沢は、田所の肩を叩いた。

 それを見て、両親は深く頭を下げた。



◇◇◇



 翌日の職員室での事、宮沢は教頭の坂井に話しかけた。



「坂井教頭、重要なご相談があります」



「どうしました?」


 坂井は、宮沢のただならぬ雰囲気を感じ取り緊張した。


 宮沢は、ゆっくりと話し始めた。



「残念な事に、当校の生徒が原因の暴力事案が発生しました。 被害者は、怪我で休んでる3年の田所 雅史です。そして、加害者は、私のクラス2年の三枝 元太です。 被害者のご両親に会いましたが、お怒りになっていました」



「そうか。 それで、被害者の様子は?」



「顔を殴られ、瞼が腫れて酷い状態です。 医者の診断では、全治一ヶ月との事です」



「被害者の担任から報告は受けてないが、なぜ君が動いているのかね」



「はい。 元々、被害者の田所と加害者の三枝との間でトラブルがあった事を、私は耳にしていました。 そのような状況の中、田所が怪我をしたのだから、犯人は三枝以外に考えられません。 だから私は、直ぐに三枝を問いただしました。 また、2人のトラブルに関しては、3年の三上 由香からも証言を得ています。 三枝が一方的に因縁をつけて決闘を申し込んだが、田所に相手にされず、最後に夜道で犯行に及んだ、これが真相です」


 教頭は、宮沢の話を聞いて複雑な顔をした。

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