第101話 証人

 夜、家でくつろいで居ると、スマホが鳴った。神野からだった。



「よお、三枝。 元気か?」



「まあな」



「そうか、元気そうで何よりだ!」



「いや、そうとも言えない」


 俺は正直、元気っていう気分じゃなかった。



「そうなのか? あいかわらず、分かりにくい奴だな!」



「まあな。 それで、何か用事か?」



「ああ。 例のスマホを預かってる連中の事だ。 昨夜、ゲームセンター宝島に呼び出したんだ …。 つい、遅れちまってよ …。 そしたら面白い事になってた」



「その連中って、武井の仲間と田所なのか?」



「他に誰がいるんだ?」



「実は俺も、昨夜、ゲームセンター宝島で目撃したんだ。 何やら揉めていたが、放って置いてカラオケボックス美優に移動した」



「おいおい、1人でカラオケに行ったのか? 俺を誘えよ、寂しい奴だな」



「1人じゃねえよ。 仲の良い友人と行ったのさ」



「おまえに、この俺以外に友人と呼べる人間がいたのか?」



「失礼な事を言うなよ。 今、通ってる学校にもいるさ!」



「本当なのか? その友人とやらを、加藤に探らせてみるか!」



「その、加藤だよ。 あいつ、良い奴だよな」



「加藤なのか? まあ、確かに良い奴だ。 俺の情報屋の1人だが、おまえと親しくなるとは、意外だったぜ」



「そう、驚くほどの事じゃねえだろ。 神野もそうだが、加藤も皆んな同じ中学じゃないか」



「はは〜ん。 おまえは、スルメイカ見たいな所があるからな。 加藤は、しゃぶっちまったか」



「意味が分からねえ?」



「自分では気づいてないようだが、三枝は、噛めば噛むほど味が出る奴なんだよ。 俺は、その味が好きでさ。 コホンッ」


 神野は、照れ隠しなのか咳き込んだ。



「ところで、武井と田所の話はどうなったんだ?」


 俺は、話題を変えた。



「ああ、そうだった。 約束の時間に遅れて到着すると、連中は喧嘩してたんだ。 田所は弱っちいから、一方的に武井にやられてた。 仕方なく、俺が止めに入って助けたって訳さ。 成り行き上、田所に感謝されちまって、変な展開になったよ」



「そうか。 それで、田所は怪我したのか?」



「大した事はねえんだが、武井のバカが顔を殴ったモンだから、瞼が腫れて、見れたもんじゃねえ状態だった。 でもまあ、1週間もすれば腫れは引いて黒アザだけになって、パンダ見たいに可愛らしくなるはずさ。 ワハハハ」


 神野は、楽しそうに笑った。



「それで怪我を …。 合点がいった」



「合点がいったって? 今の話、三枝に関係があるのか?」


 神野は、不思議そうに聞いた。



「田所を怪我させた犯人が、なぜか俺って事になってる」



「田所のビビりが、言ってるのか? だとしたら、陰険な野郎だな。 ワハハハ」


 神野は、愉快そうに笑った。



「まあな」


 俺は、加藤が撮影した映像データがある事は言わなかった。



「でも、面白そうで愉快じゃねーか。 罪を着せられて学校に居づらくなったら、俺と同じ、東中央高校にくれば良いさ。 スルメが好きなんだ」



「おいおい、無責任な事を言うなよ。 いよいよになったら、俺が犯人じゃないって証言してくれよ」



「仕方ねえ、分かった。 だが、俺の言う事を信じてくれるかが問題だな。 ワハハハ」


 神野は、豪快に笑った。



「まあ、その時が来たら頼むわ」



 俺は、電話を切った。


 


 夜、8時を過ぎた頃の事である。



ガチャ



 玄関のドアが開いた。



「ただいま〜」


 母が、帰って来た。



「元ちゃん、寂しかった?」


 母は、いつも明るい。それに、一向に子離れができてない。



 そして、おもむろにスーツを脱ぎジャージに着替えた。


 俺がいても平気で着替えるから、いつも目のやり場に困る。そんな時は、気持ちを悟られないように、眉間にシワを寄せる。



「元ちゃん険しい顔して、お腹空いたのね。 私もペコペコよ!」


 母は、そんな俺の気持ちなど、つゆほども感じちゃいない。



「分かった、食べようぜ。 父さんを待ってたら明日になっちまう。 テーブルに準備してあるんだ」



「いつも、ありがとうね」



 チュッ



 母は、いつものように俺の頬にキスをした。


 

「やめろよ。 もう子どもじゃねえんだから」



「あら、アメリカじゃ、キスは挨拶代わりよ。 なに、恥ずかしがってんだか? フフッ。 元ちゃん、赤くなってるよ!」


 母は、俺を見てからかった。


 世間一般的に見て、母はかなりの美人だ。だから照れてしまう。

 香澄が、俺の事をマザコンと言ったのを思い出した。




 2人は、いつものように遅い夕食を食べ始めた。



「ところで、元ちゃん。 学校は、どうなの? 大学とか決めた?」



「大学は決めてないが、両親と同じ東慶大学の法学部で良いと思ってる」



「そうなの。 でもね、元ちゃんが良いと思う道に進みなさい。 お父さんも同意見だと思うわ。 それで、学校はどうなの?」


 母は、クリッとした目で見た。



「別に変わりない。 問題ないよ」


 母は、俺の表情から何かを感じたのか、目を細めた。


 田所の問題が母に知れると厄介な事になりそうだから、母から目を逸らさないように注意した。



「分かったわ。 そんじゃ食べましょ。 おいしいそうね、元ちゃん!」


 母は、ニヤッと笑った。



◇◇◇



 翌日の学校での事である。


 昼休みに、担任の宮沢から個別指導室に、また、呼び出された。



「昨日も聞いたけど、再度、確認するわ。 3年の田所さんに暴力を振るったのは、あなたでしょ!」



「昨日も説明した通り、自分じゃありません」



「言い逃れはできないわ。 証人がいるのよ」


 宮沢は、自信に満ちた目で俺を睨んだ。

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