第100話 呼び出し

 城東公園に夕日がさして、辺りがオレンジ色になってきた。しかし、田所は来ない。


 やがて日が暮れてきた。

 すると、飽きたような顔をして、加藤が近づいてきた。



「あの野郎は来なかったな。 つまらねえ映像になったが、奴が臆病者だという証拠になるぜ」


 加藤は、残念そうな顔をした。決闘と聞いて、興奮していたようだ。



「ああ、せっかく来てもらったのに、無駄な時間を使わせてしまった。 悪かったな。 これから塾に行ってくれ」


 俺は、加藤に悪い事をしたと思い手を合わせた。それに対し、加藤は照れくさそうに手のひらを見せた。



「もう遅いから、塾は止めだ! なあ三枝、久しぶりにゲームセンター宝島に行かねえか?」



「俺は、ちょっと前に行ったけど、加藤が行きたいのなら付き合うぜ」


 俺は、加藤の肩を叩いた。



「勉強の事を忘れてさ …。 羽をのばしたい気分なんだ!」


 ストレスが溜まっているのか、加藤は嬉しそうだ。




 俺たちは、ゲームセンター宝島に向かった。


 店の中に入ると、数人の男たちが何やら揉めているのが見えた。俺たちは隠れて、その様子を伺った。


 連中は興奮してるのか、大声でわめき散らしていた。



「お前さ。 自分だけが高校生活をエンジョイして、良い気になってんじゃねえぞ!」



「そんな事はねえ。 本当に、おまえの事を心配してるんだよ」



「俺は、退学になってから、全てがうまく行ってねえんだ。 悪さしてウップンを晴らしたって、心は満たされねえ。 オマケに怖え連中に痛めつけられてスマホまで取り上げられた。 踏んだり蹴ったりなんだ」



「それで、俺にどうしろと?」



「決まってんじゃねえか。 おまえも高校やめて、俺とまた連るむんだ。 断ったら容赦しねえぞ!」




 揉めてる連中を見て、加藤が小声で囁いた。


「不良仲間に因縁をつけられて、やられてる奴をみな。 あいつ、田所じゃねえか。 どおりで城東公園に来ない訳だ。 いい気味だぜ」



「そうだな」


 俺も気づいていた。それに因縁をつけてる方は、以前、静香の件で叩きのめしてやった武井だった。



「そうだ、動画で撮影しておこう」


 加藤は、撮影を始めた。



 しかし、田所が一方的に言葉の暴力を受けてるだけで、それ以上の進展はなかった。




「なあ、これ以上見てても、面白くねえから、行かねえか?」



「まあな」


 俺は、一言返した。



「出た、三枝の口癖の、まあな! で、どうするんだ?」



「そうだな。 ここに居ると面倒に巻き込まれそうだから、場所を変えてカラオケにするか?」



「大賛成!」


 加藤は、笑顔になった。


 俺たちは、気づかれないように、カラオケボックス美優に移動した。

 俺は、好きな演歌を、加藤は、好きなヘビメタを2時間熱唱した。



「三枝、今日はストレス発散できて楽しかったぜ。 また、来ような!」



「まあな」



「どっちなんだ?」



「また、来ようぜ」



 俺たちは、満足して家に帰った。


 田所に因縁をつけられて始まった決闘騒動は、思わぬ形で終わったかに見えた。



◇◇◇



 翌日、学校での事である。

 昼休みに、担任から個別指導室に呼び出された。


 南田が退職した後、宮沢という若い女性の担任に代わっていた。彼女は、俺の事を毛嫌いしているようで、必ず皮肉を言ってくるような教師だった。



「3年に田所 雅史という男子生徒がいます。 彼を知ってますか?」



「知ってます。 それが何か?」



「この生徒が、昨夜、怪我をしました。 三枝さんとの間でトラブルがあったと聞いています。 身体の大きいあなたが、彼を怪我させたのでは?」



「そういう事か。 田所が、何か言ってるんですか?」



「そんな事を聞いていません。 私の質問に答えてください。 あなたが、怪我をさせたのですか?」



「いえ、違います。 それより、なぜ、自分が疑われているか知りたい」



「あなたは、体格が良い。 それに、オールバックで、色メガネをして、虚勢をはってます。 外見は、人を表すものです」



「それは、偏見です。 人を外見で判断するのは如何なものかと …。 教師たる者、本質を見極める目が必要なのでは?」



「少なくとも、人生経験がある私の方が、あなたより人を見る目はあります。 成績が飛び抜けて良いからって、人としての何たるかを学ばなければ意味がありません。 もう一度聞きます。 あなたが田所さんを怪我させたんでしょう。 正直に言いなさい!」



「違います。 これ以上、言う事はありません」


 俺は、深く一礼した。



「分かりました。 下がって良いです」



 担任に個別指導室に呼び出されたのは、南田の時以来である。あの時も、あらぬ疑いをかけられた。


 俺は、複雑な気分になってしまった。


 廊下を歩いていると、女子たちが陰でチラッと俺を見る視線を感じる。


 担任が呼び出すくらいだから、俺が田所を怪我させたと噂になってるのだろう。

 俺は、何か釈然としないものを感じていた。



 教室に入ると、加藤が話しかけてきた。


「おい、三枝。 オモロい事になってるぞ。 田所が怪我したって知ってるか?」



「ああ。 さっき担任から呼び出されて、白状しろと迫られた」



「何それ、ひでえな。 でもよ、悪者をあぶり出すため、このまま様子を見ようぜ。 俺たちには切り札があるからさ!」


 加藤は、ニヤついた。そして続けた。



「城東公園やゲームセンター宝島での映像が、おまえがやって無い証拠だ。 もちろん俺も証言するぜ。 とりあえず映像のコピーを渡しとく」



 そう言うと、俺のスマホに動画データを送った。



「すまん、恩に切るぜ!」


 俺は、加藤に頭を下げた。



「よせよ。 俺はワクワクしてるんだ。 勉強ばかりで息が詰まってたから、ストレス発散ができて、ちょうど良かったぜ!」


 そう言って、加藤は俺の肩を叩いた。

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