第103話 香澄への想い

 俺は、香澄と別れてから逢いたい衝動にかられる時がある。いや、ここのところ、その想いが日増しに強くなり、常に考えるようになっていた。

 

 俺は、香澄に会う術が無くて、ほとほと困っていた。



 最後のミーティングの時に、俺への好意を感じたが、自信の無さから良い返事ができず、香澄を怒らせてしまった。

 今は後悔している。



 妹の静香が訪ねてきた時、一時的に気を紛らわす事ができたが、なぜか静香からも連絡が来なくなってしまった。

 最も、俺と静香が会うことを、香澄が嫌っていたから、その方が好都合だった。

 妹の静香を可愛いと思う反面、それ以上に姉の香澄に嫌われたくなかったのだ。



 父親の才座が、俺と香澄が付き合う事を望んでいたから、彼に相談したいところだが、女子空手部の特別師範を断った俺にはできなかった。



 俺は、自分からアクションできず、常に受け身なのだ。


 もしかすると、世間的にいうメンヘラなのか?

 いや、断じてそれはない。

 

 祖父の教えが染みついており、自分から動けないのだ。

 何よりも男としてのメンツを重んじる、一昔前の武士のような考えが、俺を支配していた。


 女性に対し軽口を言ってナンパできる男がいるが、その思考回路が理解できない。

 俺は、そんな女々しい連中を軽蔑しているが、その反面、寡黙過ぎて女子から気味悪がられている自分も嫌になっていた。


 

 それでも、俺は祖父の教えに感謝している。俺よりはるかに強い父でさえ祖父の域に達してないが、いつか祖父のような、本当の男になりたいと願っていた。


 俺は弱い。完璧な男になり切れてないから悩むのだ。

 自分に言い聞かせ、言い訳していた。



 そんな、ある日の夕方、香澄から電話がきた。


 自分から電話できないが、香澄からなら受けられる。内心喜んで電話に出た。



「元太、久しぶりね。 変わりない?」



「ああ、どうした?」


 心の中で嬉しいのに、感情をおもてに出さないようにしてしまう。情け無いがどうしようもないのだ。



「うん、話があるの。 電話じゃなくて顔を見て話したいけど …。 ダメかな?」



「いや、構わない。 どこで話す?」



「ミーティングで使った定食屋で、明日の夕方6時はどう?」


 

「良いけど、店に個室はないが?」



「だいじょうぶ、前のように和室をお願いするわ」



「分かった」


 電話を切った。


 前のように会話が弾まず、ギクシャクする。

 すごろくの振り出しに戻ったような気分だ。



◇◇◇



 翌日の夕方になった。


 約束の20分前に定食屋を訪ねると、駐車場に黒塗りの高級車が1台止まっていた。


 近づくと、運転手の武藤が乗っていたので、俺は軽く窓を叩いた。

 すると、電動ウインドウが下がり、彼が話しかけてきた。



「あっ、三枝さん。 香澄様は20分ほど前に店に入られました。 早く行ってあげてください」



「ありがとう。 お世話かけます」


 俺は、武藤に頭を下げ、店に向かった。




 定食屋のドアを開けると、いつものように店主の威勢の良い声がした。



「いらっしゃい。 あっ、美人の彼女さん例の和室で待ってるよ」



「すみません、入らせていただきます」

 

 俺は、調理場の奥から家の中に入り、和室に向かった。



 ミーティングの時以来なので、凄く懐かしさを感じる。


 俺は、和室の前で立ち止まり深呼吸をした。そして、ゆっくりとふすまを開けた。



 部屋のテーブルの上に、料理が2人分用意されており、その側に、香澄がちょこんと座っていた。


 料理は、香澄がこの店で初めて食べた野菜定食の大盛りだった。俺は、懐かしさでジーンとなってしまった。



「香澄、待たせたな」



「ううん、まだ約束の時間よりだいぶ早いわ。 だから気にしないで」


 香澄の態度が、どこかぎこちない。

それに、緊張しているように見える。俺は、そんな香澄が愛おしく思えた。



「美味そうだな! 腹減ったよ、食べて良いか?」



「うん。 少し冷めちゃったけど、ゴメンね」



「そんな事ないさ! 久しぶりだな」



「そうだね」


 香澄は、笑顔になった。


 久しぶりに見る香澄の笑顔は、本当に美しいと思った。



「なあ、最近どうだった?」



「変わりないよ。 それより、元太はどうなの?」


 次第に、いつもの香澄に戻ってきた。俺も、緊張が和らいできた。


 不器用な性格は、2人共通のようだ。俺は、そんな香澄に、これまでにない親近感を覚えていた。



「ところで、話ってなんだ?」



「うん、妹の静香の事なの。 あの娘の事だから …。 いえ、思い切って言うわ」


 香澄は、覚悟を決めたようだ。



「ねえ、元太。 私だけを見て欲しいの。 妹も含め、他の女性を相手にしないで!」



「何だよ、藪からぼうに?」


 俺は、正直、直球で話す香澄に圧倒されていた。



「じゃあ言うわ。 静香と会ったでしょ! どうせ、あの娘が元太のところに押しかけたんだろうけど、相手にしないでほしい。 静香は中学生だけど、私と2歳しか違わない。 だから、凄く不安なの。 元太の気持ちを無視して話してる事は分かってる。 だけど、元太が好きだから、この気持ちは …」


 香澄は、言葉に詰まった。そして、大きな目から涙がこぼれた。

 いつも強気の彼女が、弱々しく見えた。俺は、彼女を悲しませたくないと思った。

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