第94話 静香の想い

 神野との電話を終えて席に戻ると、静香が俺のテキストを一心に見ている姿が目に映った。



「俺に、解き方を教えてくれるのか?」



「あっ、元太さん。 電話は、もう良いの?」



「ああ、用事は済んだ」



「相手の人は、誰なの?」



「どうって事ない奴さ」



「男子なの?」



「ああ、そうだが …」



「良かった」


 静香は、安堵の表情を浮かべた。



「えっ」



 俺は、訳が分からず聞いた。



「ところで、この問題って大学レベルだけど解けるの?」


 静香は、マジメな顔で俺を見た。


 クリッとした目で見つめられると、何とも言えない可愛いさを感じる。



「この問題が、大学レベルだと分かるのか?」


 中学生の静香が分かるはずがないと思い聞いた。



「分かるわ。 私は中学3年だけど、数学は高校の問題を解いてるのよ」


 静香は、自慢げに笑った。



「塾で、高校レベルの内容までサポートしてくれるのか?」



「いえ、通常は無いわ。 でも、個別指導だから、求めれば教えてくれるの。 元太さんは独学なんでしょ。 凄いと思う」


 静香は、俺を尊敬の目で見た。



「俺は、数学と物理が好きなんだ。 君も同じなのか?」



「実は、そうなの。 でも、私の家系は、皆んな法学部か経済学部を目指すわ。 しかも、国立最難関の東慶大学が多いわ」



「そうなのか。 経営者の家系は辛いな」


 俺は、静香を憐れんで見た。



「ところで、この四次方程式の解法だけど …。 ここを因数分解して右辺に移行し、二次方程式を2つ作って整理すれば考えやすくなるわ。 この発想は、どうかな?」



「俺も、そう考えた。 ひらめく時、パズルが解けたような感覚になるよな!」



「私も、その感覚はあるわ!」


 静香は、嬉しそうに同調した。



「そうだ、ちょっと待ってて」


 そう言うと、静香は計算を始めた。そして、15分ほどで問題が解けた。



「これで、合ってる?」


 静香は、少し自慢げだ。



「正解だよ。 中学生なのに凄いな。 実は、俺の母も、法学部を出ているが理数系が得意なんだ」



「それって。 あの、美人のお母様?」



「まあな」



「また、その返事。 ハッキリと言ってよ」


 静香は、ムッとした顔をした。



「スマン」


 俺は、静香に敵わないと思った。



「お父様から聞いたけど、元太さんのお母様も東慶大学を出たんでしょ。 それに、元晴おじ様と同じように官僚なんでしょ」



「ああ。 でも、省庁は違う」



「元晴おじ様は警察官僚だけど、お母様はどこに所属してるの?」



「内閣府だ」



「ふうん」


 静香は、良く分かってない様子だ。



「静香は理数系が得意なんて、俺の母さんに似てるぞ!」



「嬉しい。 光栄だわ!」


 静香は、嬉しそうに微笑んだ。



「でも、少し変わってるかもな」



パシッ



「何言ってんの! あんな、綺麗で優秀なお母様に何て事を言うの!」


 俺は、静香に背中を思いっ切り叩かれた。



「俺の母さんの事で、何で怒るんだ?」



「あっ、本当だ。 何でかな?」


 静香は、悪戯っぽく笑った。



「今度、また家に来いよ」



「いいの? 嬉しい」


 俺が誘うと、静香は目を輝かせた。



「ねえ、元太さん。 私、高校を決めたわ」



「急に何だよ」



「私、元太さんと同じ上等学園高校に行くわ」


 静香は、笑顔で俺を見つめた。



「まだ中学生だから、俺を誘惑するな。 それに、菱友家は、駒場学園高校って決まってるんじゃないのか?」



「誘惑するわよ。 それから、後継者のお姉様と違って、私は自由よ。 先輩、よろしくね」



「しょうがねえな、分かったよ」


 俺は、承知してしまった。



「これから帰って、進路の事を両親に話すわ。 元太さん、また、図書館に来るからね」



「送ろうか?」



「だいじょうぶよ。 運転手の武藤を外に待たせてるの」



「また、残業させてるのか?」



「本人の了解を得てるから、問題ないわ。 それから、今度の日曜に元太さんの家を訪ねるからね!」


 静香は、手を振って出て行った。



◇◇◇



 図書館の玄関を出たところで、2人の男子学生が静香を見ていた。



「なあ、あの娘。 スゲー可愛いぞ!」



「本当だ! スラッと背が高くてモデル見たいだな。 どこの高校だろう? マジ、滅多にいねえ女だ」



「追いかけようぜ!」



「そうだ、急げ!」



 静香が、駐車場へつながる道を歩いていると、背後から声がした。



「ねえ、図書館からの帰りか?」



「これから、ゲームセンターに行こうよ! 楽しいぜ!」



「悪いけど、帰るところなの」



「そう言うなよ。 君は、どこの高校なんだ?」



「あなた達に関係ないでしょ。 迷惑だわ」



「そんな事を言うなよ」


 1人の男が、静香の右腕を掴んだ。



「ちょっと、何するのよ! 放しなさい!」


 静香は、相手の手を振りほどいた。



「怒っても、エクボが出るんだな! 可愛いくて俺好みだ!」



「俺もだ!」


 2人の男は、ニヤついた。



「こんな事をして、ただじゃ済まさないわ」


 静香は、2人を睨みつけた。



「そう怒るなよ!」


 男は、馴れなれしく静香の肩を叩いた。



「触らないでよ!」



「ゲームセンターが嫌なら、カラオケに行こうぜ!」



「俺たちが、奢るから金の心配はないぜ。 それにしても、可愛いな」


 2人の男は、静香を囲んだ。


 静香は怖くなり、元太に電話しようとしてスマホを出した。


 それを、1人の男が取り上げた。



「キャッチした。 返して欲しけりゃ言う事を聞きな!」



「絶対に嫌」


 静香は、思わず悔し涙を流した。

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