第95話 卑劣な罠

「おい、何やってる!」


 誠実そうな若い男が、静香が絡まれているのを見て駆け寄って来た。



「助けてください!」


 静香は、男に訴えた。



「怖かったな、もう安心だよ。 君達、どこの学校だ!」


 男は、静香に優しく言った後、男子学生2人を睨みつけた。



「何もしてない」


 静香にスマホを返すと、2人の男子学生は急いで逃げて行った。



「怖かったね。 夜道は物騒だから安全なところまで送ろう」


 男は、爽やかに笑った。誠実そうで好感がもてる。



「いえ、駐車場まで行けば、車が待ってるからだいじょうぶです」



「じゃあ、そこまで送るよ。 さあ、行こうね」



「はあ …」


 男の優しい言葉に、静香は小さく頷いた。



「高校生かい?」



「いえ、中3です」



「えっ、そうなのか? 背が高いから、高校生かと思ったよ。 こんな夜に出歩くなんて関心しないな。 夜道の一人歩きは危険だからダメだよ」



「はい。 気をつけます」


 静香は、素直に答えた。



「失礼ですが、大学生ですか?」



「そんなふうに見えるかい?」



「はい」



「あっ、そうだ。 この小路を通ると近道になる。 君のように可愛らしい娘さんの帰りが遅いと、ご両親が心配するだろうから、急いで帰ろうね」



「はい」


 静香は、後に続いて歩いた。


 しかし、しばらく歩いたところで駐車場と違う方向に進んでいる事に気がついた。



「あのう、駐車場の方向と違うようです。 だから、引き返します」



「あっ、そうかな? じゃあ戻ろう」



 静香が引き返すと、今度は、男が後に続く形になった。



 少し歩くと、2人の男が道を塞ぐように立っていた。



「お帰りなさ〜い。 元気にしてた?」


 2人は、先ほど逃げた男子学生だった。



「なんで、あなた達が?」


 静香は、後ろを振り向き、誠実そうな男に助けを求めた。しかし男は、ニヤけて愉快そうに笑った。



「俺は、大学生じゃないぜ。 しかも高校生でもねえや。 そこにいる2人も同じだぜ」



「あなた達、グルなの? 何でこんな事をするの?」



「さっきの場所で騒がれたら、誰かに勘づかれるだろ。 だから、人気のない場所に移動したのさ。 高校中退にしては、頭が良いだろ」



「私を、どうするつもり? あなた達がしている事は犯罪よ」



「君は、未成年だが、俺達も未成年なのさ。 だから、捕まっても怖かねえ。 じっくりと初体験させてやるぜ! 処女なんだろ」



「さあ、こっちに来な」



「嫌よ。 私に近づくな!」



「この娘、可愛いけど、気が強えな! ますます興奮するぜ!」


 誠実そうな男は、手で口をぬぐった。これが奴の本性だ。



「もう、たまんね〜ぜ!」


 道を塞いでいる学生風の男が、いきなり静香に抱きつこうとした。


 と、その時である。



「ありゃあ」

 

 男が、間抜けな声を出した。


 次の瞬間、静香はその脇をすり抜け一目散に走った。



「バカ野郎、逃すな!」



 静香は、必死で走った。


 しかし、女の身であるため、小路から出る手前で追いつかれてしまった。



「私に何かしたら、お父様が許さないわ。 後悔する事になるわよ」


 静香は、3人の男達を睨みつけた。



「その必死さも可愛い!」


 学生風の男の1人が、静香を食い入るような目で見た。



「それにしても、すばしっこい女だ。 でも、もう逃げられねえぞ。 それに、お父様が俺達に何をするって? 笑わせるな! 人生の落伍者の俺達には、怖いものはネエんだよ!」


 誠実そうな男が、声を荒げ 脅すように言った。



 静香は、恐怖で声を発する事ができなくなり、体が震え出した。



「やっと大人しくなった。 まず、スマホを渡せ! 素直に従わないと痛い目に合わす!」


 誠実そうな男が、冷静に言った。慣れているところを見ると、他でも同様の手口で悪事を働いているようだ。



「大人しくなった。 良い娘だ」


 学生風の男が、静香の腕を掴もうとした。



 と、その時である。


 男の隣に黒い影のようなものが見えたと思った瞬間、男は一回転して地面に叩きつけられていた。


 男は、泡を吹いて失神した。



「ここから離れて」



「はい」


 突然現れた男に言われ、静香は従った。


 この男は、背が高く、オールバックでサングラスを掛けていた。


 見た目は、まるでヤンキーで、どちらが悪者か分からない感じだ。



「何だ、テメー」


 誠実そうな男が声を荒げた。どうやら、この男がリーダーのようである。



「テメー。 そんな事をしてダダじゃ済まさねえぞ。 武井さんは、空手3段で、柔道部の顧問をボコボコにした実力者なんだ。 武井さん、やっちゃってください!」


 学生風の男が叫んだ。



「バカ野郎、名前を言いやがって! 証拠になるだろうが! 秋山よ」



「あっ、すみません」


 悪党2人は、何やら揉めていた。



「秋山は、バカだからしょうがねえか」


 そう言うと、武井は構えた。



 しかし、ヤンキーは動かない。


 武井は剛を煮やし、みぞおちを目がけ正拳で突いて来た。



 ヤンキーは、それを左腕で払い、逆に脇腹に正拳を入れた。



グフッ



「テメーも、空手をやっているのか?」


 苦しそうに、武井は後ろに下がった。



「秋山、ヤンキーの動きを止めろ!」



「えっ、どうやって?」



「何でも良い。 とにかくやれ」


 秋山がヤンキーに近づくと、それと同時に、武井が 脇腹を目がけ回し蹴りを放った。



シュッ!



 ヤンキーは、蹴りをギリギリでかわすと、太腿の内側に手刀を入れた。


 次の瞬間、何とも言えない鈍い音がした。



ボンッ!



「ギャー」


 武井は、痛さに堪えきれず、思わずしゃがみこんだ。


 ヤンキーは、すかさず、右肩付近に蹴りを放った。



バンッ



「痛てー、筋が切れた」



 鈍い音と共に、武井は地面に倒れ、のたうち回った



「やめろ。 何もしないから」


 最後に残った秋山は、手のひらを見せ、必死に謝った。



ズサッ



 ヤンキーは、気にせず足を払って倒した。


 3人の悪党は、地面にひっくり返っていた。



「この風景、どこかで見たような?」


 ヤンキーは、一言つぶやいた。

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