第77話 引き合う心

 店に入ると、店主の威勢の良い声が聞こえた。



「いらっしゃい! あっ、兄ちゃん待ってたよ。 あっ …」


 店主は、香澄に見惚れていた。



「いつもので」



「承知! その〜 …。 美しい彼女さんは、どうしますか?」



「じゃあ、私も同じものでお願いするわ」


 香澄は、美しいと言われても謙遜しなかった。世俗と かけ離れた、根っからのお嬢様なのだろう。



「えっ。 同じもので良いんですか?」


 店主は、心配になり聞いて来た。



「量が多いけど、だいじょうぶか?」


 俺も、香澄に聞いた。



「平気よ。 私、こう見えても大食いだから、問題なし」


 香澄の返事を聞いて、安子を思い出し懐かしくなったが、表情に出さないよう努力した。



 俺は、奥のいつもの席に座った。香澄は珍しいのか、アチコチを興味深く見ていた。


「ヘイッ、おまち! 野菜定食の大盛り2つです」


 店主の、威勢の良い声がした。



「えっ、前菜じゃないの? それにしても量が多いわね!」


 香澄は、不思議そうな顔をした。



「料理はこれだけさ。 でも、量が多すぎて食べられないのでは?」



「う〜ん。 何事も挑戦よね。 これからは、元太さんに合わせる事になるから、慣れなくちゃね!」



「どういう意味だよ?」


 俺は、香澄が言う意味が分からなかった。



「3ヶ月間は、女子空手部の特別師範を引き受けたんだから、部長の私と一緒に行動してよ。 火曜と木曜の夜は、ミーティングをするからね!」



「何の、ミーティングをするんだ?」



「練習方針とか、部員への公平な指導方法とか、いろいろあるでしょ!」


 そう言うと、香澄は野菜炒めを一口食べた。



「うま〜い。 ねえ、元太さん美味しいね!」


 香澄は、満面の笑みで俺を見た。俺は、あまりの可愛さに、思わず見惚れてしまった。俺の心を、グイグイ引き込んで行くこの娘を、侮れないと思った。



「ところで、元太さん。 全然逢えなかったけどさ。 あれから、私は 努力して性格を改善したのよ。 その成果を確認してほしいな」


 香澄は、恥ずかしそうに俺を見た。



「香澄さんを、友達だと思ってるさ」



「そうじゃなくて …。 前に言ったじゃん。 言わなくても分かるよね」



「最初は、友達から行こうや」



「え〜。 まあ、しょうがないか。 でも、約束してほしい事があるの」



「何だよ?」



「妹の、静香の事。 多分、元太さんを誘惑するけど、相手にしちゃダメよ。 あの娘、明るくて社交的で、私と性格が違うけど、男性の好みは一緒なの。 それに一途な所も同じ。 とにかく気を付けてよ!」



「さすがに、中学生と付き合う事はないよ。 それに、学生の本分は勉学だから、恋愛は早いさ」


 普段 母が言ってる事を、逃げ口上とした。



「絶対に約束よ! 妹には負けたくないんだから」


 香澄は、念を押した。



「まあな」



「それって肯定よね」


 香澄は、心配そうに俺を見た。しかし、直ぐに 明るい表情に戻った。



「あ〜、お腹いっぱい。 ここの食事、美味しいね」


 香澄の方を見ると、ほとんど平らげていた。



「よく、食べられたな」


 スリムな体のどこに入ったか不思議になり、お腹のあたりをマジマジと見た。



「どこ見てるの、エッチね。 ここが少し膨らんじゃった」


 香澄は、悪戯っぽく微笑んでお腹を叩いた。



「私って、運動をするから 見た目以上に食べるのよ。 結構、皆んなに驚かれるわ」



「そうか。 友達とか多そうだな」



「うん、多いけど …。 でも、皆んな私に気を遣ってる感じがする。 だから、心を許せる友達はいないわ。 元太さんは?」



「俺は、この通り根暗で口下手だから、友達はほとんどいない。 男子達からは恐れられ、女子達からは気味悪がられてるよ。 だから、俺なんかに関わらない方が良いと思うぞ」


 俺は、素直な気持ちを伝えた。



「元太さんて、正直なのね」


 香澄は、優しそうに微笑んだ。母の笑顔にどこか似ていた …。



 

「すみません!」


 突然、香澄が店主を呼んだ。



「はい。 何でございましょう?」


 店主が、駆けつけた。



「これから3ヶ月間、火曜と木曜の午後6時に、ここでミーティングをしたいんだけど、個室を用意してくださる?」


 香澄は、当然のような顔で言った。



「夕食タイムは 午後7時までだけど …。 それに、あいにく個室がありません …。 でも分かりました。 家の和室を用意します。 3ヶ月間の予約を承りました」


 店主は、笑顔で答えた。



「ありがとう。 後で 家の者に、正式に予約の申し込みをさせます」


 香澄の雰囲気を感じ取り、店主は恐縮していた。



「元太さん、お腹いっぱいになったから、城東公園に行くわよ!」



「えっ、城東公園を知ってるのか? 何で、そこへ行くんだ?」



「以前、お父様と静香と、夢ジュールに夕食を食べに行ったでしょ。 その時に待ち合わせた公園だと聞いたわ。 少し体を動かしたいの。 あっ、そうだ」


 香澄は、どこかに電話した。



「運転手の武藤には、城東公園に 午後4時30分に迎えに来るように言ったわ。 あと2時間あるから、歩いて行こうよ!」


 香澄は、笑顔で言った。



「分かった。 そこまで歩いて行こう!」


 俺は、彼女の飾らない性格に魅力を感じた。

 


◇◇◇



 店を出て、香澄と並んで歩いた。



「ねえ、今歩いてる辺りは、元太さんが通ってる上等学園高校に近いんでしょ。 誰かに見られてるかもよ」


 香澄は、悪戯っぽく俺を見た。



「俺は気にならないさ。 それより、香澄さんこそ、俺と並んで歩いてだいじょうぶか?」



「そんな事言うんだ。 ならば、こうよ!」



 香澄は、いきなり手を繋いできた。恥ずかしくなり彼女を見ると、顔を赤くして緊張しているのが見て取れた。



「無理しなくて良いぜ」


 俺は、香澄にそっと言ったが、返事がなかった。俺達は、恥ずかしそうに手を繋いで歩いていた。

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