第76話 香澄との食事

 形の練習をしていると、1年の女子部員が不思議そうな顔をして先輩に話しかけた。


「あの〜。 超イケメンの師範がいるって聞いて入部したんですが、あの人の事なんですか? オールバッグの色メガネで、チンピラにしか見えないんですが?」



「あのメガネを外すと分かるんだけど …。 一度でも見たら、虜になっちゃうわよ。 あの輪郭にカッコ良い目がある事を想像して見て!」



「あっ …」



「三枝 特別師範、ご指導をお願いします」


 1年の女子が、大声で叫んだ。



 俺は、声をかけた女子部員の方に向かった。



「一連の流れを、演武して見せて」


 俺は、声をかけた。



「はい」


 彼女は、言う通りに演武を始めた。



「師範、私も見てください!」


 今度は、別の女子部員の声がした。



「皆んな、師範にバラバラに声をかけちゃダメ。 私が取りまとめるから」


 部長の香澄が、大きな声を出した。皆が 部長の声に注目した、その時である。



「おいっ、三枝! 俺に怪我させて、どう責任を取ってくれるんだ! 警察を呼んでも良いんだぞ!」


 立石が乱入して来た。右手がダラーと垂れている。他の5人の部員は、いなかった。



「立石さん。 さっき6人に囲まれて脅され、やむを得ず試合をしたが、それで怪我をしたからって、その責任を問うのは、お門違いも甚だしい。 警察でもなんでも呼べば良いが、恥をかくだけだぞ! 性根の小せえ男だな」


 俺は、睨んだ。



「何を言ってる。 俺は怪我をさせられた被害者なんだぞ!」


 俺と立石が言い争っていると、香澄が割って入って来た。



「立石さん。 卒業したのに、何で ここに居るの? 校舎に入る許可を得たの? 建造物不法侵入だよ! それに、三枝 特別師範も 左肩を怪我した。 あなたも加害者なのよ」


 香澄は、冷たく言い放った。



「待ってくれ、香澄さん。 この右肩を見てくれ。 外れて痛いんだ。 早く病院に行きたいんだが、加害者の三枝を放っとけないんだ。 香澄さんは、俺の味方だろ?」


 立石は、縋るように香澄を見た。



「私が、あなたの味方? 笑わせないで! 6人で1人を襲うような卑怯者を誰が味方するか! 校長を呼ぶわ。 警察に捕まるのは、あなたよ」




「何でだ? ちくしょう。 三枝、覚えておけよ!」


 立石は、捨て台詞を吐き逃げて行った。

 


「三枝 特別師範、左肩はだいじょうぶですか?」


 女子部員が、一斉に声を上げた。



「三枝 特別師範は、私が病院にお連れします。 今日は、少し早いけど、これで練習を終了します。 三枝 特別師範、良いですか?」


 香澄は、俺を見た。



「分かった」


 俺は、香澄に従った。今日の練習は終了となった。



◇◇◇



 香澄は 運転手の武藤を呼び、病院に向かった。診察を終え、再び車に乗り込んだ時には、午後1時近くになっていた。



「肩の怪我は、打撲程度で良かったね。 でも 立石の奴、許せない!」


 香澄は、興奮気味に言った。



「病院まで送ってくれて済まない。 今日は、これで帰るよ」


 俺は、香澄に感謝した。



「えっ、ちょっと待ってよ。 私、お腹空いてるんだけど、お昼食べに行こうよ。 どこか、美味しい お店を知らない?」



「悪い。 普段、俺は外食なんてしないんだ。 だから、美味い店なんて知らない。 学校での昼食を、定食屋で食べるくらいさ」



「じゃあ、その定食屋に行きたい!」



「えっ、行きたいのか? でも、今日は 日曜だから休みだと思うぞ」


 定食屋は、安子との思い出が詰まった店だ。だから、香澄を連れて行く事に抵抗を感じた。



「都内で、日曜に休みなんて、そんなレストランがあるの?」


 香澄は、行く気満々の様子だ。



「レストランじゃなくて、定食屋だ」


 香澄は、定食屋を知らない お嬢様だった。



「もう〜。 何でも良いから、そこに連れて行ってよ!」


 香澄は、イライラし出した。



「分かったよ」



「あの〜。 カーナビに入力したいから、住所か電話番号を教えていただけますか?」


 運転手の武藤が、話しかけた。



「少し待ってください」


 俺はスマホで、店の住所を検索した。



「ねえ、検索ができるなら、電話番号も分かるでしょ。 日曜に お店やってるか、電話で確認したら?」



「それも、そうだな」



 俺は、電話した。



 店主の威勢の良い声がした後、俺は不安げに聞いた。


「あの〜。 いつも昼を食べてる常連の学生だけど、今日は休みですよね」



「野菜定食大盛りの兄ちゃんだね。 日曜は、昼だけやってるんだよ。 お客さんが少ないけど、頑張ってるんだ。 ところで、今日は学校あるのかい?」



「学校は休みだけど …。 これから行きたいんですが、昼の営業時間に間に合いますか?」



「昼のオーダーは 午後1時30分までだけど、だいじょうぶ。 兄ちゃんが来るまで待ってるさ! もしかして、転校した彼女さんを連れて来るのかい?」



「違うんだ。 その話はしないでくれ」



「そうか …。 承知! お待ちしてます」


 電話を切った。店主は何か察知したようだ。




「会話が弾んでるじゃん。 店の人と親しいの?」


 香澄は、興味ありげだ。



「別に親しかないよ。 でも、店を見てガッカリするなよ」



「何で、ガッカリするの? 料亭なんでしょ」


 俺は、定食屋の説明を諦めて、運転手にナビ情報を教えた。その後、運転手は定食屋に向かい車を走らせた。




 定食屋に着いたのは、午後1時30分を少し過ぎていた。



「確かに料亭とも違うわ。 知り合いの民家だったんだね。 手土産を用意しなくちゃ!」



「香澄さん。 ここは、知り合いの民家じゃなくて食堂なんだ。 看板だってあるだろ。 だから、手土産は不要さ」



「そうなの? まあ、良いわ」


 香澄も、面倒くさくなってるようだ。



「2人だけで入るから、武藤は遠慮してね」


 香澄は、武藤を見た。



「承知しました。 近くのコンビニにいますので、店を出る時に お電話ください」



「分かったわ」


 俺と香澄は車を降り、店に入った。

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