第70話 緊急事態

 香澄は、最初は大人しくしていたが、次第に打ち解けて喋り出した。しばらくすると、何でもズバズバ言うようになっていた。


 香澄の性格について、性根が真っ直ぐ過ぎて不器用で誤解されやすいと言った、才座の言葉が思い出された。



 そんな中、香澄は 興味深そうに俺に質問してきた。



「元太さんのメガネには少し色が付いてるけど、なぜなの? 綺麗で優しい目を隠して、わざと 怖い人に見せてる理由はなに?」



「メガネや服装は、母のコーディネートなんだ。 母が、俺の世話を焼くのには理由があるんだ。 両親の仕事の都合で、俺は10歳まで祖父母のところに預けられていて、 …。 あっ …」


 俺は、一旦 言葉を呑み込んだ。言わなくて良い事まで喋ろうとしている自分に気付いた。



「ねえ、続けてよ」


 香澄は、追及して来た。



「その〜。 母は、俺が小さい時に逢えなかった分まで取り戻そうと、俺の世話をやくと言うか …。 でも、母の仕事が忙しいから、実害はないけどな …」



「えっ、それって母親が、自分の子供に依存してるって事? つまり、いい歳こいて 子離れができてないって事なの? 気持ち悪!」



「いやっ、そこまでは言ってない!」


 俺は、母の事をけなされムッとした。



「もしかして、元太さんてマザコンなの?」


 香澄は、嫌そうな顔をした。



 すかさず、才座が割り込んだ。


「昔、元晴に頼まれて元太に空手を教えに行った。 まだ小さかったが、呑み込みが早く ドンドン上達したよ。 礼儀正しくて見どころのある少年だった。 今でも同じだ。 ただ強いだけでなく、人格も立派だから、彼に 空手部の特別師範を頼んだのさ」  


 なぜか、才座が俺の事をフォローした。



「お父様は、口を挟まないでください。 元太さんと話してるんです …」


 香澄は、一呼吸おいた。



「色付きメガネを掛けてる理由が分かったわ。 メガネを外した時に、あまりのイメージの違いに驚いた。 悪そうなイメージが吹っ飛んじゃった。 それにしても元太さんは、顔は元晴おじ様にあまり似て無いよね。 母親似なの? 男としては、顔立ちが綺麗すぎるわ。 正直に言うと超イケメンよ。 もしかして、あなたの母親は、元太さんに彼女ができないように、わざと変なメガネを掛けさせてるんじゃ無いの? それって、息子を独占したいからでしょ」


 また 香澄は、母の事を批判してきた。



「俺はイケメンじゃない。 それに、メガネは 俺も気に入ってるんだ。 大きなお世話だ!」


 俺は、完全に頭にきた。



「えっ、怒らないでよ。 私は 毒母だという事を、元太さんに気づかせたくて言っただけなのに。 でも、その態度じゃ言うだけ無駄ね。 この手の話って、当事者は気づかないものよ」


 香澄は、目を細めた。



「香澄、いい加減にしなさい。 失礼だぞ。 元太の母上は、俺や元晴と同じ大学の同級生だ。 俺も知ってるが、素晴らしい女性だよ。 会った事も無いのに、言い過ぎだぞ」


 才座は、香澄を叱った。



「えっ、東慶大学なの? 優秀なのね。 お仕事は何をされてるの?」


 香澄は、俺に聞いてきた。



「悪いが、あなたに母の事を言いたくない。 やはり 香澄さんは、最初のイメージ通りの人だ。 違うと思ったが、勘違いだった。 これ以上、俺に関わらないでくれ」


 俺の話を聞いて、才座は 申し訳無さそうな顔をした。



「あっ、ごめんなさい。 また、やらかしちゃった。 本心を言うわ」


 香澄は、青くなって謝った。



「私って、一直線で キツい性格だと皆に言われるわ。 それでも なぜか男子は、私にチヤホヤして媚びてくる。 好きだと多くの男子から告白されたけど、私は、貧弱な人は受け付けない。 吐き気さえ覚えてしまう …」


 香澄は、申し訳無さそうな顔をした。



「これまで、尊敬できる男の人は、お父様と元晴おじ様の2人だけだった。 2人とも文武両道で、それを極めてる。 でも 最近、もう1人尊敬できる男の人が現れたの。 それは元太さん、あなたなの。 元太さんを思うと胸が熱くなる。 あなたが素敵だから、その母親に対抗心を燃やしてしまった。 もう、言わないから …」


 香澄は、下を見て息を吐いた。



「そうだ、ハッキリ言うわ。 私は半年以内に、必ず この性格を改善して見せる。 それができたら、私と付き合ってください」


 やはり、香澄は一直線の性格であった。



「元太、そういう事で頼む」


 才座が、俺に手を合わせた。



「性格は変えなくて良いから、友人としてなら …」



「元太さん、ありがとう。 必ず、あなた好みの女になるわ」



「ハー」


 俺は、ため息をついた。



(この人は、俺の言った事をまるで聞いてない。 喋らなければ惚れるんだが …)


 香澄の綺麗な顔を見て思った。

 

 これで、この場はお開きとなった。



◇◇◇



 4日後の、木曜 夜10時過ぎの事である。元太の母、香織は、いつもの様に帰宅の途についていた。


 自宅近くの、人通りの少ない路地に差し掛かったところで、1人の男性に呼び止められた。



「三枝 香織さん、久しぶりです。 俺を覚えていますか?」


 香織は、声のする方を恐るおそる見た。そこには、身長180センチ位の男性が立っていた。


 防犯灯に照らされ、イケメンの若い男性だと確認できた。



「もしかして、あなたは …」

 

 香織は、思わず声を出した。



「さあ、誰か当ててほしいな」


 声の男は、不気味に笑った。


 香織は、周りを冷静に見た。助けを呼べる者はいない。相手に気づかれない様に、スマホをバックから取り出し、緊急アプリを起動して上着のポケットに入れた。


 これは、元晴が作ったオリジナルアプリである。何度もストーカーされる妻を心配して、元晴が入れたものだ。アプリを起動するだけで、位置情報や現場の音声が元晴に送信される。



「まだ、分かりませんか?」


 男は、急かした。



(今、緊急アプリを起動したから、このまま時間を稼げば、きっと元晴が助けに来る)

 

 香織は、思った。



「逆らわないから、落ち着いて」


 香織は、優しく言った。



「相変わらず、優しいんだな。 嬉しいよ。 感激だよ。 さあ急ごう」


 男は、ポケットからスタンガンを取り出した。

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