第69話 それぞれの想い

 元太が空手道場にいる頃、涼介は 物かげから三枝の家を見張っていた。



(どこもかしこも、ウサギ小屋のような家ばかりだ。 こんな粗末なところにママを閉じ込めやがって、絶対に許さない。 早くママを助けなければ。 そうだ ママと軽井沢の別荘で暮らそう。 そして俺が成人したら、離婚させてママを妻に迎えよう。 喜ぶ顔が目に浮かぶ)



 涼介は、想像に胸を膨らませていた。やはり、まともでは無かった。



 見張りを初めてから1時間ほどして、元太の両親が出てきた。どこかに出かけるようだ。



(あっ、ママだ。 凄く綺麗だ。 4歳の頃のように、早く一緒に寝たい。 あの男が、元太の父親か? いかにも悪そうな奴だ。 あれが警察官僚とは驚きだぜ。 直ぐにママを助けたいが、あの男がいると無理だな。 まずは、ママの行動パターンを探って、あの男から解放された時にママを救って逃げる。 だから、今日は諦める)



 涼介は、三枝の家を後にした。 



◇◇◇



 駒場学園高校の菱友家専用の控え室でのこと。



「元太、今日は助かった。 これからは、俺の都合がつかない時に、特別師範を頼む」


 才座は、真剣な顔で言った。



「おっちゃん、勘弁してください。 同じ高校生なのに、さすがに特別師範は無理です」


 俺は、才座に訴えた。



「そんなことは無いさ。 女子空手部員は、口を揃えて君に来てほしいと言ってたじゃないか。 そうだ元太、この学校に転校して来いよ。 そうすれば、桜井の倅と顔を合わさずに済むぞ。 一石二鳥だな。 俺が全て話を通しておくからさ」


 才座は、自身ありげに話した。



「でも、涼介の件は すでに解決しています。 実は、奴は二学期から転校したんです」



「そうなのか?」


 才座は、一瞬 驚いた顔をしたが、直ぐに戻った。



「まあ、奴のことを抜きにしても、この学校に来れば良いさ。 この学校は歴史のある名門進学校だが、実は、住菱グループが深く関わってるんだ。 理事長は住菱物産の財務管理部長だから、創業家の血筋の俺に逆らえない」


 才座は、自身ありげに言った。



「奴は、この学校に転校したんです」


 俺は、打ち明けた。



「なんだと?」


 才座は、再び驚いた。



「そうか、分かった。 俺に任せておけ。 桜井の倅を、上等学園高校に戻し、元太をこの学校に迎えるように取り計らってやる。 簡単なことだ」


 才座の、恐ろしい一面を見た気がした。



「やめてください。 俺は、今の環境を気に入ってるんですから」



「まあ、そう言うな! 元晴にもちゃんと話しておくからな。 学校が遠くなるようなら、車を差し向けるし、なんなら、俺の家に下宿しても良いぞ」


 才座は、ほくそ笑んだ。



「・ ・ ・」


 俺は、才座のあまりに飛躍した考えに答えられずにいた。



「まあ、前向きに検討してくれ …」


 才座は、それ以上は言わなかった。



「そうだ。 これから昼食を食べに行くぞ。 付き合えよ!」


 才座は、ニコッとした。


 父と親友なのだが、才座の性格は、父と まるで違った。



「はい、分かりました」



「そうだ。 これからも、定期的に食事をしような」


 才座は、嬉しそうに言った。



 その後、才座が運転する赤いフェラーリに乗り、学校を離れた。



◇◇◇



 車は、海の見える高台にある高級レストランに着いた。路側帯に車を停め 才座が電話すると、店の中から若い男が出て来た。



「元太、行くぞ。 荷物を全て持って出てくれ」



「はい。 車は、このままで良いんですか?」



「だいじょうぶだ」


 車から降りると、先ほどの若い男に鍵を渡した。



「この車はレンタカーだ。 いつものように返却しておいてくれ」



「かしこまりました」

 

 若い男は、丁重に答えた。



 中に入ると、昼時のため 店は凄く混んでおり、順番待ちの行列ができていた。


 すると、奥から身なりの良い中年の男性が出てきた。



「菱友社長、お越し頂きありがとうございます。 直ぐに、ご案内いたします」


 俺たちは、奥の個室に案内された。



「他の お1人は、15分ほど遅れるとの連絡がありました」



「そうか、ありがとう。 俺たちは始めてるから、そのように準備してくれ」



「かしこまりました」


 男性は、戻った。



「今の人は、ユニフォームを着てなかったですね」



「ああ、この店のオーナーなんだ。 結構、利用してるからな」


 俺は、才座とは 住む世界が違うことを実感した。



「遅れてくるのは誰ですか?」


 俺は、嫌な感じがした。



「ああ、君の想像通りさ。 どうしても元太に謝りたいと言ってな。 聞くだけでも頼む」


 才座は、申し訳無さそうな顔をした。俺は、頷いた。



 才座は、地中海のコース料理をオーダーしていた。まず、前菜として、エビが入ったサラダのような物が出てきた。俺は、イタリアのコース料理など食べたことがなかったから、その美味さに感激してしまった。



 夢中になって食べてると、オーナーに案内されて、若く美しい女性が入って来た。



「遅くなりました。 お父様、運転手は別室に待機しております」


 背がスラっと高く、スレンダーな体に、少し短めのスカートが似合っている。顔は、薄化粧をしてるのか、少し大人びて見えた。俺は、その美しさに思わず見惚れてしまった。



「運転手の件は分かった。 香澄、元太の隣に座りなさい」



「失礼します」


 香澄は 遠慮がちに、俺の隣に座った。



「初めて会った時に、元太さんに対し、大変失礼な事をしました。 後悔しています。 どうか許してください」


 香澄は、俺に深々と頭を下げた。その時に、涙をこぼしたのが見えた。


 初めて会った時とは別人のように、おしとやかだ。清楚で落ち着いた雰囲気である。


 男であれば、10人いれば 10人とも惚れるだろう。安子や貴子とは次元が違う、自分の母を彷彿させるような美しさがあった。



「気にしないでください。 何とも思ってません」


 俺は、思わず許してしまった。あれだけ嫌ってたのに、自分でも訳が分からなくなってしまった。



「さあ、固くならずに和気あいあいと行こうや!」


 才座は嬉しそうに、俺と香澄を見た。

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