第68話 喧嘩組手

 部員が集合すると、手際よく男女に分かれ整列した。男子 28名、女子 12名、総勢40名の部員がいた。



「押忍!」


 才座が声を発すると、皆が一礼した。そして、才座は続けた。



「今日は、男女合同で集まってもらった。 特別師範を紹介する。 彼は君らと同じ高校生だが、その技は達人の域にある。 空手のみならず、古流武術の師範代でもある。 彼から多くを学び取れ! 三枝 特別師範、皆に挨拶してくれ」


 才座に言われ、俺は部員たちの前に立った。



「押忍! 自分は、上等学園高校1年の三枝 元太です。 皆さんを指導できるようなレベルではありません。 今日は、一緒に練習させてください」 



「押忍!」


 皆が、俺に一礼した。


 良く見ると、整列した女子部員の最前列に香澄がいた。相変わらず美しい。彼女はこちらを見ていたが、俺はわざと目を逸らし無視した。とにかく、関わりたくなかった。



「通常通りの練習に入れ!」


 部員たちは、才座の号令のもと、基礎練習を始めた。



「おっちゃん、しばらく黙想して良いですか?」



「ああ、良いとも。 部員が基礎練習を終えたら、元太は代表者と喧嘩組手をしてくれ」



「分かりました」


 俺は その後、黙想を始めた。30分ほどして目を開くと、部員の組手練習が始まっていた。才座は 部員の方に移動し、声をかけ指導していた。


 俺の隣に才座がいないことを確認すると、立石がこちらに来た。



「男子空手部の部長、3年の 立石 徹 だ。  俺は4段だが 君は?」



「自分は 2段です」



「それで師範なのか? 喧嘩組手で、君の腕前を確かめてやるから 覚悟しろよ!


 立石は、嘲笑った。



「分かりました」


 俺は、返事した。才座に師範として紹介されたが、完全に格下扱いだった。彼の刺激で、俺は闘志を燃やした。




 立石が戻ると、俺は 喧嘩組手に備え道場の外周を走りウォームアップした。その後 ストレッチを入念に行い、呼吸法により 丹田に意識を集中させた。



 そんな俺の姿を見て、才座が近くに来た。そして、嬉しそうに言った。


「元太、喧嘩組手の準備は出来たか?」



「はい、いつでもオッケーです」



 俺の返事を聞き、才座は皆を整列させた。



「三枝 特別師範と喧嘩組手を希望する者はいるか?」



「はい!」


 立石と香澄の2人が同時に返事した。



「まず、男子空手部の部長 立石、前に出て位置につけ」



「押忍!」


 立石は、中央に立った。



 俺は相対して立った。



「おい元太、メガネ」



「あっ」


 俺は、メガネを外し才座に預けた。



「ワーッ」


 メガネを外すと、女子部員たちの歓声が上がった。俺は何が起こったか分からなかったが、集中力が途切れないよう軽く目を閉じた。



「はじめ!」


 才座の、気合の入った掛け声で試合が始まった。


 喧嘩組手は、重要急所以外寸止めがない、より実戦に近い組手だ。



「セヤッ!」



シュッ


ビュン


 掛け声とともに、立石の正拳突きが俺の左脇腹に伸びて来た。俺は一瞬で体を捌き、右足で回し蹴りを放った。



 立石は、後ろに飛んで下がり、何とか かわした。立石の動きは速い。



 今度は俺が、立石の間合いに入るべく変則的な動きで近づき相手の足を払うと同時に、低く構え手刀を右脇腹に入れた。


シュッ


パン



 立石は、俺の手刀を右手で払い、俺の正面を目掛けて、右足で前蹴りを放った。

 

 普通であれば、後ろに下がるのだが、俺は高く跳躍し相手を飛び越して、左足を回転させ相手の背中に蹴りを入れた。



 ズドッ



「ウグッ」


 立石は、苦悶の表情を浮かべ倒れた。



「それまで!」


 才座が、試合を止めた。


 立石は、悔しそうに顔を歪ませた。



「元太、もう1人良いか?」



「はい、だいじょうぶです」



「女子空手部の部長、菱友 前に出ろ!」



「押忍!」


 今度は、香澄が前に出て立った。


 俺は、相対して構えた。



「特別師範、よろしくお願いします」


 香澄は、俺を見て言った。それを聞いて、俺は照れてしまった。



「はじめ!」


 

 香澄は低く構えると、いきなり飛び蹴りを仕掛けてきた。俺は、それをヒラリとかわし、香澄の脇腹に向けて、コンパクトな中段回し蹴りを放った。



シュッ


ビュン



 香澄も体をヒラリとかわした。才座の体捌きと酷似した動きだ。



 直ぐさま 香澄は、右足で中段蹴りを放ちながら俺の正面の間合いに入って来て、再び跳躍すると同時に、跳び蹴りを放った。しかし 俺は、この動きを見切っていた。なぜなら、小さい時に才座から教わった攻撃法だったからだ。



シュッ


ビュン



「ハー」


 俺は、短く息を吐き、渾身の気合いで香澄の右足首に手刀を入れた。


ボスッ


 香澄は、その場に落ちて倒れた。



「おおっ、香澄さんの二重跳び蹴りが敗れたのを初めて見た!」


 男子部員から、驚きの声が上がった。



「それまで!」


 才座が、試合を止めた。


 その後、香澄は起き上がり俺を見た。


「ありがとうございました」


 一礼すると、戻った。



 試合を終え、俺は 才座に預けたメガネをかけた。



 その様子を、皆が注目して見ていた。


「三枝さんて美少年なのに、何でメガネで隠しちゃうのかな?」


「髪型も、オールバックにして、わざと怖く見せてるよね」


「でも、素顔を見ちゃったから、隠しても無駄よ。 私、ファンになっちゃったわ」


 女子空手部員が、ヒソヒソと話していた。



「静かに!」


 才座が睨み付けると、全員が一瞬で静かになった。



「良く聞け! 三枝 特別師範のことを同じ高校生だからと甘く見たようだが、実力の違いに驚いただろ。 男子部、女子部の両部長とも、まるで歯が立たなかった。 慢心してはならん。 常に謙虚に精進する気持ちを持て! 三枝 特別師範には、今後も指導をお願いしたく考えている。 彼に対しては、この私と同様に接するように!」


 才座の話を聞いて、立石が嫌な顔をした。



 俺は、思わず皆に言った。


「待ってください! 今日は、喧嘩組手ができて楽しかったですが、次に来ることはありません。 それに、自分の空手は我流の要素が強く、皆様に教えられるようなものでありません。 特別師範は無理です」



 すると、女子部員たちが声を上げた。


「また、来てください!」


「我流でも良いから教えてください」


「女子部だけでも指導してください」


「菱友部長、良いですよね!」



「私は、構いません」


 香澄は、顔を赤らめて返事した。その様子を見て、男子部員達は、不安そうな顔をした。

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