第67話 空手の稽古

 日曜の朝になった。 朝食を食べている時に、おもむろに父が言った。



「ところで元太。 今日、才座と空手の稽古をするんだってな」


 父は、ニコニコして俺を見た。



「おっちゃんから聞いたのか?」



「昨夜、電話があったんだ。 俺も元太と久しぶりに、空手の組手をしたいな!」


 父は、ニカッとした。



「父さんはマジになり過ぎるから、遠慮しとく」



「何、言ってる。 お前もヤリ過ぎるのは同じだろう。 行動すべき時は躊躇するなとの親父の教えだよな。 元太を漢に育ててくれた親父に感謝だ!」


 俺も父も、祖父の教えが体に染み付いていた。似たもの親子なのだ。すると、母が反論した。



「何、言ってんだか? 元ちゃんが男らしいのは、私のコーディネートと本人の努力の賜物よ。 だけど、それだけじゃない。 母さんを気遣う優しさもあるわ」


 母は、俺を見てウインクした。それを見て、父は嫌そうな顔をした。



 母は、続けた。


「ところで、菱友さんは、ここのところ頻繁に元ちゃんと会ってるよね。 香澄さんのことがあるから心配だわ。 ねえ、元ちゃん。 ダマされてない?」


 母は、不信感を募らせていた。



「それは無いと思うよ」



「でも、空手の稽古なら、香澄さんを連れて来るはずよ。 元ちゃんは、避けたいんでしょ」


 母は、苦虫を噛むような顔をした。美しい顔が台無しである。



「香澄さんは、今日は登校する日だと言ってたから来ないはずだ」



「そうなんだ。 なら、安心だわ。 やはり学生の本分は勉強だから、恋愛は まだ早いわ。 デートしたいなら、母さんとすれば良いじゃん。 それで我慢しなさい」



「おいおい、変な考えだぞ。 親子で手をつないでデートするのか?」


 父は、驚いたような顔をした。



「手をつなぐ位なによ! 元ちゃんは私から生まれたのよ。 私の体の一部のようなもの。 だから、ぜんぜん平気よ。 元ちゃん、そうだよね!」


 母は、俺を見た。



「恥ずかしいことを言うなよ」


 俺は、顔が赤くなってしまった。



「なあ、香織。 今日は俺とデートしてくれないか?」


 父が、真剣に言った。



「良いけど、どこに行く?」


 母は、少し嬉しそうだ。



 俺は、この場に居た堪れなくなり、早めに家を出てしまった。



◇◇◇



 家を早く出過ぎたため、城東公園には、約束した時間の50分前に着いた。


 この公園は、安子と貴子との思い出が詰まった場所だ。2人に電話したい衝動に駆られたが、何とか堪えた。


 俺は、ジョギングして時間を潰すことにした。


 約束の時間の10分前に、スマホが鳴った。着信画面を見ると才座からだった。



「元太か? 今、着いたぞ」



「えっ、早いですね。 直ぐに行きます」



 電話を切り、駐車場に向かった。


 しかし、駐車場を見たが、この前の黒塗りワゴン車はなかった。



 俺は、才座に電話した。



「今、駐車場に来たんですが、どこにいますか?」



「今日は レンタカーを借り、自分が運転して来た。 赤いスポーツカーが見えるか?」


 見ると1台のフェラーリが止まっていた。



「まさか、赤いフェラーリですか?」


 俺は、フェラーリがレンタルされている事に驚いた。



「ああ、静香が選んだ。 やはり派手だったかな?」



「いえ、そんなことは …。 でも運転はだいじょうぶですか?」



「オートマでナビも付いてるから、問題無い」



「これから、そちらに行きます」


 俺は電話を切り、赤いフェラーリの方に向かった。


 車に近づくと、才座が出て来た。



「この車は車高が低すぎて乗り降りが大変なんだ。 遠出なら良いが、街中で乗るには不便な車だ」


 才座は、少し不満そうだ。



「でも、カッコ良いですね。 こんな高級スポーツカーに乗るのは初めてだからワクワクしますよ。 運転が難しいでしょ」



「普段運転をしないから、少し無茶したかもな。 まあ、ぶつけても保険を掛けてあるから気にする事はないさ」


 才座は、涼しい顔で言った。俺は、凄く心配になった。



 話しを終え、直ぐに出発した。


 やがて、目的地に近づいて来た。大きな洋風の趣のある建物が見える。敷地の広さから大学のようだ。



「元太、ここに入るぞ」



「えっ、空手道場はここにあるんですか?」



「俺の母校だ。 ここの理事長に断ってある」



「おっちゃんの母校は、国立の東慶大学ですよね。 理事長って? それに、場所が違いますよ」



「何を言ってるんだ、ここは駒場学園高校だよ」



「えっ、おっちゃんは 香澄さんと同じ高校だったんですか?」



「そうさ。 しかも香澄は、俺と同じ空手部なのさ」


 俺は、才座の話を聞いて帰りたくなってしまった …。



 なんとかフェラーリを駐車し、学内に入った。歴史を感じる趣のある建物である。


 正面玄関で、50代と思しき男性が出迎えた。



「菱友社長 様。 いつもご指導ありがとうございます。 そちらの若い方は?」



「私の倅のような者です。 なあ、元太」



「倅では、ありません。 三枝 元太と申します。 菱友さんには、昔、空手の指導を受けました」



「そうなんですか。 私は、学校長の宮坂です。 それでは、ご案内します。 渡り廊下を通って、武道場がある新館に向かいます」


 校長に案内されて、新館棟に向かった。



「三枝さん。 この学校の新館棟は、菱友電気の寄付で建てたんです。 だから、武道場は立派ですよ。 菱友さんが来た時のために、専用の控え室もあるんです」



「宮坂校長、そんな説明はいりません」


 才座は、怪訝な顔をした。



「はい。 失礼いたしました」


 宮坂は、バツの悪そうな顔をした。



 しばらく歩き、大きめのドアの前に立った。


「元太、この部屋に入って着替えるぞ。 宮坂校長はこれで」



「はい、私はこれにて失礼します」


 校長は、いそいそと戻った。



 才座は、ドアにカードキーをかざして解錠した。ドアを開けると、豪華ホテル並みの部屋が見えた。



「豪華な部屋ですね」



「気に入ったなら、いつでも使っていいぞ。 俺の代わりに指導に来てくれ」



「俺が指導なんて、無理です」



「まあ、そう言うなよ。 さっ、道着に着替えて行くぞ」


 俺は、買ったばかりの空手着に着替えた。



「さあ、こっちだ」


 螺旋階段を登り、ドアを開けると道場に通じていた。


 道場に入ると、部長らしき男子生徒が駆け寄ってきた。



「押忍!」


 男子生徒が挨拶した。



「立石、ご苦労。 皆を集合させろ」


 才座は、命令した。



「全員集合!」


 立石の声を聞き、大勢の男女部員が集まって来た。皆が、ギラギラする目で 俺を睨んでいた。

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