第59話 アメリカでの出来事

 母は俺を見据え、真剣な顔で話し始めた。


「今から12年前、私が28歳の時の事よ。 外務省勤務でアメリカに赴任していたわ。 突然、大学時代の先輩が訪ねて来たの。 それが涼介君のお父さんの良平さんだった。 彼は、私が大学に入学したばかりの時に、法政研究会というサークルに勧誘した先輩なの。 とても親切な人で、当時、いろいろと私に教えてくれたわ。 元ちゃんに言いにくい話だけど、口説かれもしたわ。 でもね、私は 男らしい人が好きだから、優男タイプの彼に魅力を感じなかったの。 それに、彼はイケメンで女学生に人気があったから、私に固執しないように言ったりもしたわ。 その後、私は元太のお父さんが好きになって告白したら、直ぐにプロポーズされたから、大学2年の時に結婚したの。 良平さんはサークルをやめたから、その後は会ってなかったわ …」


 母は 一旦 言葉に詰まったが、意を決したように目を見開いた。



「実はね。 証拠は無いんだけどね …」


 母は、また 言葉に詰まってしまった。目を細め、思い出したく無いような顔をした。その後、深呼吸をした。



「その頃ね、私に危害を加えようとした不良グループがいたの。 凄く、怖かったわ。 どうも、それに良平さんが関わっていた見たいなの。 それが分かってからは、良平さんを警戒するようになったわ。 不良グループを元太のお父さんが 秘密裏に撃退してくれたから実害は無かったけどね。 私は、気付かないフリをしていたけど、お父さんの優しさを感じて嬉しかったわ。 この話は、お父さんには内緒よ」


 母は、唇に人差し指を当てた。



「だからね。 良平さんが訪ねて来た時は驚いたわ。 彼は、総合商社である桜井興産の御曹司だから、当時、副社長をしていた。 美人の奥さんを連れて来て紹介されたわ。 素敵な奥さんを私に見せる事で、彼なりに区切りを付けたかったんだと思う」


 母は、真剣な顔で俺を見た。



「奥さんから、元ちゃんと同い年の長男がいる事を聞いたの。 でも、夜だったので子供を家政婦に任せて置いて来たと言ってた。 奥さんは加奈さんと言って、とても優しい人だった。 異国の地で寂しかったのか、夜に電話が来るようになったの。 直接 会ってなかったけど、親しくなったわ」


 その後、母は悲しげな表情をした。



「それから1ヶ月ほど経ったある日、凄く哀しい事が起きた。 加奈さんが交通事故に巻き込まれて亡くなったの。 彼女から電話が来なくなって、おかしいと思っていた矢先、良平さんが再び訪ねて来た。 凄く憔悴していて、そこで奥さんが亡くなった事を聞かされたわ。 長男がショックで声が出なくなってしまったと言ってた。 私は、加奈さんの事を思うと不憫で、いても経ってもおられず 仕事が終わってから訪ねたわ。 私が行くと、不思議な事に涼介君の声が出るようになった。 まだ小さかったから、私の事を母親と勘違いしたのね。 私も、日本に置いて来た 元ちゃんの姿と重なってしまい、のめり込んでしまったの。 だから、涼介君が帰国するまでの2週間位、毎夜、彼を訪ねたわ」


 母の話は、俺が聞いていた内容と合致した。



「母さんは、涼介と何か約束をしなかったか?」


 俺は、黙っていられず聞いた。



「えっ。 元ちゃんは、この話を知ってるの?」


 母は、驚いた顔をした。



「ある程度は知ってる」



「そうか、涼介君から聞いたのね。 ゴメン、全てを話すと言ったのに。 じゃあ聞いてちょうだい。 涼介君が帰国する日に訪ねると、彼は 私と帰ると言ってダダをこねたの。 後から追いかけるから先に行くように諭したら、誰にも負けない強い子になって待ってると言われた。 小さい子に我慢させて、可哀想な事をしたわ。 でもね、その後 涼介君を訪ねてないの。 それには理由があったの」


 母は、顔をしかめた。



「言ってくれ」



「全て言うからね。 お願いだから機嫌をなおしてよ」


 母は、また念をおした。



「理由は、父親の良平さんなの。 彼が日本に帰ってからしばらくして、子供の事で相談があると電話が来るようになったわ。 最初は子供の相談に乗ってあげてたんだけど、いつしか話が逸れて、次第に私を口説くようになってきた。 大学時代から変わらずに好きだったとか、夫と別れて一緒になってくれとか、いろいろと言われたけど、お父さんの事を寡黙でつまらない男だとバカにされた時に、頭にきて主人に言いつけると言ってやったわ。 そしたら、俺になびかない お前は変わってると言われ、それっきりになった。 実は、再び 口説かれて確信した。 彼には得体の知れない悪い部分があるように思う。 だから、涼介君の事は気になったけど、良平さんがいる限り訪ねる事はできないと強く思ったの」 


 母は、困ったような顔をした。



「良平に口説かれた事を、父さんに話したのか?」



「いいえ。 お父さんに話すと大事になりそうだから言ってないわ。 それに、あの後は口説かれてないしね。 私は、元ちゃんのお父さんの事を愛してるのよ」


 母は顔を赤くした。



「でもね、元ちゃん。 良平さんの事があっても、涼介君があなたに嫌がらせをするなら黙ってないわ。 何をされたか、教えなさい」


 いつもの、強気の母に戻ってきた。



「それは、自分で解決するよ。 どうしてもダメだったら、母さんに相談するさ」



「そう、分かったわ。 ちゃんと報告するのよ」


 母は、安堵の表情で笑った。自分の親ながら、美しい笑顔だと思った。



「母さん、ありがとうな!」


 俺は自分の部屋に向かった。母はウルウルする目で、俺の後ろ姿を見つめていた。

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