第58話 不安

「誰から、そんな情報を仕入れたんだ?」


 才座は、驚いて聞いた。



「さっき、良平の倅の涼介が、俺と同じ学校で同学年と言ったけど、彼は4歳の時に アメリカで母を亡くしてる。 その際に、俺の母が4歳の彼を励ましに行ってた。 つまり、母は、涼介の父親である良平と会っていたことになる。 これは、ある友人から聞いた確かな情報なんだ」



「香織さんが、良平と浮気したと思うのか?」


 才座は、心配そうに俺を見た。



「もしそうなら、俺は母を許さない」



「元晴もチョクチョク海外勤務があったが、君が4歳の頃は日本勤務だったはず。 可能性はゼロではない。 でも、だいぶ昔の、ましてやアメリカでの事だから、調べる術がない。 元晴に聞くと、彼は相当にショックを受けるからやめた方がいい。 どうしても知りたいなら、君が直接、母上に聞くしかないと思う」



「そうですね」

 

 俺は、唇を噛んだ。



「現在は会ってないと思うが、念のため探偵に調査をさせようか?」


 才座は、遠慮がちに言った。



「そうしたいけど、お金がありません」



「その心配はない。 お抱えの探偵がいるから だいじょうぶだ」



「お願いします」


 俺は、藁にもすがる思いで頼んだ。



「分かった。 母上に聞くのは、その後にしなさい」



「はい、そうします」


 才座から聞いて、両親が学生結婚した経緯は分かったが、疑惑を払拭できなかった。 俺は、家に帰るのが嫌になった。




 才座との話を終え、貴賓室から戻ると、静香は居眠りをしていた。



「可愛い、お嬢さんですね」



「2人の娘は、俺の宝さ。 元太は見どころのある男だから、どちらかを君に添わせたいんだ」



「俺は、そんな立派な男ではありません。 それに、娘さんにも選ぶ権利がありますから」



「じゃあ、娘が君に好意があったら貰ってくれるか?」



「まだ、先の事ですよ」


 俺が言うと、才座は苦々しい顔をした。



「静香、起きなさい。 帰るぞ」


 才座が言うと、静香はビクッとした。



「えっ、アレ何でここに? そうだった。 元太さん、家に泊まってよ」



「今日は 帰るよ。 また、今度な」



「うん、絶対よ!」


 静香は、俺を見つめた。



 才座は、嬉しそうに俺たちの様子を窺っていた。


 その後、2台のハイヤーを頼み、別々に帰宅した。



◇◇◇



 家に帰ると母が待ちかねた様子で俺を迎えた。



「元ちゃん、菱友さんと何を話したの? 香澄さんと付き合う事ないからね」



「まあな。 今日は疲れたから、風呂に入って寝る」



「えっ、元ちゃんが疲れたなんて珍しいわね。 何かあったの?」


 母は、心配して聞いて来た。



「何でもない」



「元ちゃん」


 母の寂しそうな声が、背後から聞こえた。



 俺は、振り返らずに風呂に向かった。そんな様子を、父は黙って見ていた。



「元ちゃん、なんで機嫌が悪いんだろう。 ねえ、何か心あたりある?」



「元太は素直な子だが、世間一般、男子はあんなものさ」



「そうなの?」


 母が泣きそうなのを見て、父はそっと彼女の肩を抱き寄せた。



「だいじょうぶさ」



「うん」


 母は、小さな声で頷いた。



◇◇◇


 

 才座と会ってから、2週間ほど経った日の事である。


 俺が図書館で勉強してると、突然スマホが鳴った。着信画面を見ると才座からだった。


「今、図書館にいます。 直ぐに折り返します」



 俺は 素早く席を移動し、電話をかけ直した。


「おっちゃん。 母の事ですね」



「そうだ。 探偵の調査結果を、元太宛ての本人限定郵便で送っといた。 結論から言うと、香織さんにやましい事はなかった。 だが、探偵の話では、何か悩んでる様子だと言ってたぞ。 通勤の電車を待ってる時に、泣いていた時があったそうだ。 写真を見たが悲しげな表情をしていた。 何か、心当たりはあるか?」



「多分、俺が母を無視するようになったからだと思います。 どうしても、意識してしまって」



「香織さんが可哀想だぞ。 本音で直接尋ねて見ろよ。 久しぶりに写真で見たが、綺麗なお母さんだな。 大切にしないとダメだぞ」



「はい。 今日、アメリカでの事を聞きます」



「そうか、頑張れよ」



 電話を切った。



◇◇◇



 今日は、図書館を早めに切り上げて家に帰った。


 最近、なぜか母は早く帰っている。しかし、母がいても極力会話しないで、直ぐに自分の部屋に向かっていた。


 俺は、久しぶりに母の顔を直視した。



「ただいま。 母さんに 話があるんだ」


 俺が話しかけると、母は、突然 泣き出した。



「なあ、俺の話を聞いてくれるか?」



 母は、泣きながら頷いた。



「元ちゃん、嬉しいよ。 母さん何かした? 悪いとこがあったら、なおすからね。 ゴメンね」


 母は泣きながら、いきなり謝った。



「母さん。 学校の同学年に、桜井涼介という生徒がいるんだ」


 それだけ言って、母の様子を窺った。



「えっ、その子の事を知ってるわ。 今、どんな風になったの。 元ちゃんと仲が良いの?」


 母は、懐かしそうに微笑んだ。



「そいつは、何故か俺の事を目の仇にしてる。 これまで、様々な嫌がらせを受けたよ。 例のカンニングの件も、奴が人を使って噂を広めたんだ。 奴と母さんは、どんな関係なんだ。 そいつの父親と母さんは親しいのか?」


 俺は 冷静を装い、声を抑えて聞いた。



「元ちゃんに嫌がらせをするなんて、私が黙ってないわ。 他に、どんな事をされたの?」


 母は、いつものように怒りだした。



「学校での事はいい。 あんな奴に負けないさ! 俺は、母さんとの関係を知りたいんだ」



「私は、相手が誰であろうと元ちゃんの味方だからね! もしかして、それで怒ってたの? でもね、凄く昔の事なのよ。 しかもアメリカに赴任してた頃の話なの」


 母は、不思議そうな顔をした。



「何があったか話してくれ」



「うん。 分かったわ。 全て話すから機嫌をなおしてね」


 母は、安堵の表情を浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る