第57話 過去の事件

「父は、良平に何をしたんですか?」


 俺は、単刀直入に聞いた。



「この話をする前に、君の母上に降りかかった事件について話そう。 さっきも言ったが、この事件は 君の母上が知らないうちに 元晴が解決したんだ」



「母の観察眼は鋭いけど、本当に知らなかったんですか?」


 俺は、疑問に思った。



「正直、気付いていた可能性もある。 だから、香織さんは 元晴に好意を持ったのかもしれん。 真実は 本人に聞くしかない。 俺も知りたいところだ」


 才座は、俺に聞けというような顔をした。



「ところで、事件の事を聞かせてください」



「ああ。 この事件を起こしたのは、良平が 噂を流すように頼んだ相手なんだ」



「何をしたんですか?」



「未遂に終わったが、香織さんを拉致監禁しようとした」



「何のために?」



「倅の君に言いにくい話だが、香織さんを 自分の女にしようとしたんだ」



「それでは、依頼人の良平を裏切る事になるのでは?」



「そいつは、自分の都合で動く男だ。 その時には、良平さえも脅すようになっていたんだ」



「詳しく教えてください?」



「奴は 飯田といって、良平が金で雇った愚連隊のリーダーだった。 後で分かったことだが、暴力団の組長を父に持つ道楽息子だった。 若手の組員を使い、やりたい放題をしていた。 奴は、大学にニセ学生を送り込んで噂を流していたが、ある時、香織さんを見かけ一目惚れしたらしい」


 才座は、ニヤけた。



「どうやって、飯田の動きに気付けたんですか?」



「君のお父上は、香織さんに惚れていた。 だから、常に気にしていたんだ。 事件に気が付いたキッカケは、香織さんにアプローチしていた良平の動きが、ピタッと止まったことだった。 凄く違和感を感じたと言ってた。 でも、良平が来なくなっても 香織さんは さして気にしてなかった。 元晴は、2人が付き合ってなかった証拠の一つだと言ってた」



「父は母を注意深く見ていたというが、害を及ぼさないストーカーのようだな」


 俺は想像し、思わずニヤけてしまった。



「元太の言う通りだな。 だけど、それがあったから、母上は救われた。 話は戻るが、ある時、元晴は良平を呼び出して問い詰めたんだ。 良平は、元晴の勢いに恐れをなし、全てを打ち明けた。 それどころか、飯田に脅されて困ってるから助けてほしいと言われたそうだ」



「良平は、自分の後始末もできない奴なのか?」


 俺は、呆れてしまった。



「情けない奴さ。 飯田は、良平の不行状な行為を世間にバラすと言って、金を要求したそうだ。 良平は メンツを気にするタイプだったから、金をいくらか渡したようだ」



「父は、どうやって事件を止めたんですか?」



「まず、飯田が行っている不法行為の証拠を押さえた。 その後、良平に飯田を呼び出させ、そこで、飯田と配下の組員を 完膚なきまでに叩きのめしたんだ」



「相手はヤバい連中だから、復讐される心配があったのでは?」


 俺は、父の事が心配になった。



「元晴も それを考えた。 だから、ある方法で 相手の戦意を喪失させようとしたんだ」



「どんな方法で?」



「これまで飯田が行って来た犯罪の証拠を見せて、香織さんの事を諦めろと迫った」



「奴らは、それで おとなしく手をひいたんですか?」



「元晴は、もう一つ脅す材料を作った」



「それは、何ですか?」



「飯田を裸にして、恥となる写真を撮影した。 手を引かない場合は、そこら中にばら撒くと脅したんだ」



「古典的な方法ですね。 でも、相手は非常識な奴だから、逆に証拠を取り返そうとするのでは?」


 俺は、疑問に思った。



「そうだな。 この時はこれで終わったが、実は 後日談があるんだ」


 そう言うと、才座は一口お茶を飲んだ。



「飯田は、元晴に恐れをなしていたが、手下に命令し香織さんを人質にして 犯罪の証拠と写真を回収しようとしたんだ。 それと、香織さんを人質にできれば、無理矢理犯せると考えた」



「なんて奴だ。 それで、どうなったんですか?」



「元晴は、いつも影から香織さんの事を見守っていた。 だから、飯田の手下が来た時も撃退したよ。 香織さんは驚くとともに元晴に感謝したそうだ。 あいつは寡黙だから、香織さんにとっては、それが返って頼しく見えたんだろう」



「なんか、単純な話ですね」


 俺は、両親の顔を思い出し笑った。



「そうだな。 飯田が仕掛けるほどに、香織さんは元晴を意識するようになったようだ。 それで、ある時、香織さんが元晴に好きだと告白をしたんだ。 元晴は、香織さんを側で守りたいと思い、直ぐにプロポーズした。 その後、香織さんの両親にも気に入られ、学生結婚したんだ。 2人が、いつも一緒にいるから、やがて飯田も諦めた」



「父は、飯田のお陰で、母と結婚できたようなものですね」



「そうだな。 大学卒業後、元晴は警察庁に入った。 そこで警視庁を動かして、飯田が関わる暴力団組織を壊滅させてとどめをさしたんだ。 そのせいか、今は、暴力団対策課長をやってるがな」


 才座は、ニヤけた。そして続けた。



「人妻となっても、香織さんに強引に言い寄る男がかなりいたが、強面の元晴が出て撃退する度に、香織さんは元晴に惹かれて行ったようだ。 今でも仲が良いのか?」



「多分」


 自分を祖父母に預けた事で、母が父を怒る時があるが、普段は仲が良い。俺は、才座の話を複雑な思いで聞いていた。



「事件を境に、良平は母にチョッカイを出してないようだけど、母が外務省勤務でアメリカに赴任していた時に、母は良平と会ってるんです。 その事をどう思いますか?」


 俺は、思い切って打ち明けた。



「良平は、元晴の事を恐れているから、あり得ない話だ。 本当なのか?」


 才座は、不思議そうな顔で俺を見た。

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