第56話 両親の大学時代

 貴賓室に入ると、才座は懐かしそうに俺を見た。



「元太、背が伸びたな。 君が小学4年の頃以来だな」



「はい。 おっちゃんから、空手の稽古をつけて貰ったのが、つい昨日のようです」


 俺は、当時を懐かしんだ。



「空手の大会には出ないのか?」



「実は、中学1年の時、空手道場をやめました。 でも形とかの自主練は、続けてます」



「そうか。 素質があるのに残念だ。 まあ、元太の場合、祖父直伝の武術もあるからな」


 才座は、複雑な顔をした。



「ところで、話ってなんだ?」



「はい。 単刀直入に言います。 大学時代の、両親の事を教えてほしいんです。 2人が学生結婚をした経緯も知りたい」



「父上の、元晴に聞いたらどうだ?」



「いえ、それとなく知りたいんです」



「そうか、分かった。 でも、良い話ばかりじゃないぞ。 それでも聞きたいのか?」



「自分の周りで起きている事との関連で、知っておく必要があるんです」


 俺は、才座を見据えた。



「何か、よほどの事情があるようだな。 俺が知る全てを話そう。 でも、俺が言った事は内緒にな」


 才座は、真剣な顔をした後、ゆっくりと話し始めた。



「元太の母上の香織さんは、飛び抜けて成績が優秀な上に、稀に見る美人だから、男子学生のほとんどは 彼女に憧れていたよ。 元晴も俺も、君の母上のファンだった。 この事は 誰にも言うなよ! 大学に入学して、俺は、菱友政経塾というサークルに入った。 このサークルは、名前の通り俺の祖父が作った歴史のあるサークルだ。 その孫の俺が入らない訳に行かなかったんだ。 でも、君の母上は、法政研究会というサークルに入った。 彼女目当てに、男子学生の多くが このサークルに入ったから、大人数のサークルに変貌したんだ。 ちなみに、君の父上は法政研究会に入った」


 才座は、苦々しい顔をした。



「それって、本当の話ですか?」


 俺は、思わず聞き返した。



「ああ、本当の事だ。 俺は違うサークルだったから、香織さんの事が気掛かりだったが、どうにもならず指を加えて見ていた。 だがな、香織さんと同じサークルに入った元晴も、指を加えて見ていた。 君のお父上は、寡黙な奴だから 女性を誘う事が できなかったんだ」


 才座は、俺を見てニヤけた。



「そうですね。 俺の性格は父と似ているから、よく分かります」



「でも、違いがあるぞ。 君は偏光レンズのメガネを掛けて分かりにくくしているが、元晴と違い 超イケメンだ。 顔は香織さん似だ。 特に、目がソックリだよ。 なぜ、コンタクトにしないんだ? それに、今時 オールバックは流行らんだろ。 わざと カッコ悪く見せてるとしか思えんぞ」



「メガネは、母が選んだんです。 気にした事はありません。 髪型は、俺の好みです」



「そうか、そのメガネは母上が選んだのか。 香織さんは、男性の好みが変わってるからな。 強面の元晴に惚れたんだから、そのコーディネートも無理ないか。 天才は 好みが違うという事か。 あっ、今の話は母上にするなよ」


 才座は、俺の顔をマジマジと見た。



「分かってます。 ところで、母から父に告白したんですか?」



「ああ、その通りだ。 だが、ある事件がキッカケだった。 だいぶヤバい話だったが、香織さんの気持ちを獲得できたんだから、元晴に取ってはこの上なく良い話だったんだろう。 また、この事件がキッカケとなり、元晴は警察庁に入る事を決意した」


 才座は、遠くを見つめた。



「その、ヤバい話って何ですか?」


 俺は、急かした。



「実は、この話を知る者は、ごく少数なんだ。 俺は、元晴から聞いていたから 話を知り得る1人になった。 それと この事件は、元晴が上手く立ち回って 秘密裏に解決したから、巻き込まれた香織さん本人も知らないんだ。 だから、決して香織さんに言うなよ」


 才座は、お茶を一口飲んだ。



「元太。 この話をする前に言っておくが、お前に人生があるように、君の母上にも同じように人生がある。 たとえ 身内といえど、1人の女性として見てあげる必要がある」



「俺にとって、嫌な話なのですね」



「そう急かすな。 どう見るかは、君次第さ」


 才座は、俺の心を覗き込むように見た。



「さっき言った 法政研究会には、俺たちより2学年上の先輩がいて、そいつが君の母上の香織さんにチョッカイを出していたんだ。 この男は、かなりのイケメンだった。 その上 女垂らしだ。 香織さんと仲良くしていると、元晴は いつも愚痴を言ってた。 俺も、そいつの顔を見に行った事があるが、いかにもモテそうな優男だった。 女神のように崇高に見えた香織さんも、所詮はただの女性でイケメンに弱いんだと、ガッカリしたものさ」



 俺は、涼介になびいた沙耶香の事を思い出した。



「母とその優男は、付き合っていたんですか?」



「2人で歩いている姿を見かけた事はあったが、元晴は違うと言ってた。 真実は、君の母上に聞かないと分からない。 でも、これだけは言える。 優男は、香織さんを確実に自分のものにするために、姑息な手を使っていたんだ」



「姑息な手とは、何をしたんですか?」



「周りに、自分と香織さんが親密な関係だと噂を流したり、逆に、彼女が不利となるような噂を流して、他の男が近寄らないように仕向けた」



「不利な噂とは?」



「九州方面に拠点を構える 極道の大親分の娘だと、まことしやかに囁かれていたよ」



「母は京都出身で、両親は大学教授ですがね」


 俺は、呆れてしまった。



「優男の家は金持ちだから、ある男に金を渡して噂を広めていた」



「優男は、桜井 良平ですか?」



「えっ、何で知ってるんだ?」


 才座は、不思議な顔をした。



「実は、その男の倅は涼介といって、俺と同じ高校の同学年なんです」



「本当なのか?」


 才座は、物凄く驚いた顔をした。



「はい。 中学から一緒で、一時期 奴と交流がありましたが、今は 絶交状態です」


 俺は、正直に打ち明けた。



「因縁なのか? 元晴と良平の関係が、元太と涼介に置き換わったようだ。 もし、良平がその事を知ったら、奴は逃げ出すと思うぞ!」


 才座は、ニヤっと笑い俺を見た。

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