第48話 最悪の娘

 飯尾は、いきなり右手で胸ぐらを掴んで来た。俺は、素早くたいをかわし、右腕のツボを鷲掴みにして、思いっきり回した。


「痛て~」


 勢いよく転げた所に、みぞおち目掛けて手刀を放った。



「うげっ」


 さすが、普段 柔道で鍛えてるせいか、フラつきながらも立ち上がった。



「飯尾、だいじょうぶか?」


 仲間の1人が声をかけると、飯尾に加勢した。



「おいおい。 1人に対し2人がかりとは 穏やかじゃないな。 スポーツマンと言えないぞ」


 俺は、努めて冷静に言った。



「こいつ、得体のしれない武術を使うから、気いつけーや!」


 飯尾が言うと、2人がかりで俺を捕まえにきた。相手は柔道の有段者である。捕まるとヤバイと思い、変則的に動き飯尾の背中の急所に思いっきり空手の上段蹴りを入れた。



「ハグッ」


 飯尾は、泡を吹いて倒れ失禁した。やるときは躊躇してはならないとの、祖父の教えが頭をよぎった。今度は、もう1人が俺の胸ぐらを掴んできた。投げられると思った瞬間、奴の手首のツボを圧迫するように強く鷲掴みにした。



「痛て~」


 俺は、構わず相手の手を回転させねじ伏せると同時に、関節を逆に強く捻った。



プッツ



「ギャーッ」


 筋が切れたような音がした後、奴はノタウチまわった。


 俺は、残りの連中を睨みつけた。皆、ビビッて下を向いた。



「お前ら、残念なスポーツマンだな!」


 ひとこと叫んだ後、俺は 時計を見た。約束の時間を10分過ぎていた。


 その時、むさ苦しい男達の後ろから、爽やかな女性の声がした。



「あなたが、三枝なの?」


 空手着を着た、色白で背が高い美しい女性が前に出てきた。



「おいおい、初対面の人にその言い方は無いだろ。 武道の精神を学んだのか? 菱友 香澄さん。 残念だけど、交渉決裂で良いわ。 親父さんに言っとけ」



「ちょっと待って、交渉って何よ?」



「そうか、知らないのか。 まあ、あんたには関係ない。 もう帰るわ!」



「待ちなさい。 私と組み手をしなさい」



「なんで、お前に命令されなきゃならねえんだ! 男をバカにするんじゃねえぞ! 俺は、そこにいる あんたの子分の男たちとは違うんだ。 そもそも、空手をしてる あんたの子分が、何で柔道なんだ?」



「子分じゃないわ。 場所を提供してもらっただけよ」



「子分でも下僕でも良いが、倒れてる2人を介抱したらどうだ? 泡を吹いて倒れた男は良いが、もう1人の男は、やり過ぎて筋を切った。 病院に連れて行った方が良いぞ。 だけど、あんたも見てたようだが、卑劣な連中に対し闘った結果だからな。 正当防衛だぜ」


 そう言うと、俺は 空手着のまま この場を去った。


 香澄は、呆気にとられ俺を見ていた。



 奴らが追って来ない事を確認し、廊下で素早く着替えた。その後、武道館を後にした。



◇◇◇



(とんでもない連中だった。 貴子には悪いが、鈴木精密を救う話しは無理だ)


 俺は、帰りの電車の中で思った。


 家へ帰る途中、俺は都立図書館に寄った。いつもの席を見ると、安子が勉強をしていた。



「安子、出歩いてだいじょうぶなのか?」



 安子は、安堵したように俺を見た。


「あっ、元太。 ここで待ってれば、逢える気がしたの。 正解だったわ」


 安子は、嬉しそうに微笑んだ。



「お前、いつから居たんだ?」



「どうしても元太と話したかったから、開館してから ずっといたわ。 元太の家に行こうか迷ったけど勇気が無くてさ」



「俺は、出かけてたから図書館にいて正解だったぜ。 でも、ずいぶん待たせたな。 ところで、昼は食べたのか?」



「ううん。 元太と行き違いになると困るから、ここから動いてない。 どうしても伝えたい事があったの」



「でも、俺が ここに寄らなかったら、逢えなかったぞ」



「それでも、来ると信じてた。 現に逢えたでしょ」


 安子は、嬉しそうな顔をした。



「これから、飯を食べに行こう! そこで話を聞くよ」



「そうね。 ご馳走してくれる? でも、元太は食べたんでしょ」



「気にするな」


 俺たちは、近くのファミレスに向かった。席に着くと、安子は俺の事をじっと見つめた。



「なんだよ。 照れるだろ」



「元太を目に焼き付けたくてさ」


 安子は、寂しそうな顔をした。



「あまり、良い話じゃないな」



「うん。 転校の事なんだ」


 安子は、さらに寂しそうな顔になった。


「やはり、父親を説得できなかったのか?」



「校長から連絡が来て、ラブホの噂はデタラメだと分かったわ。 父からは、疑った事を謝罪された。 でも、そもそもこんな噂を流す生徒がいる事自体が問題だと言って、今回首謀した生徒の厳しい処分を要求したの。 それで、涼介の父親と争う事になってしまった。 結局、理事長が相手側について、父は負けてしまった。 涼介は、証拠不十分で不問に付されるみたい。 貴子も同じく不問よ。 だけど 金子 優香は実行犯だからそうは行かない。 彼女は、処分を受ける前に、自主的に転校するみたいよ」



「安子は、父親のメンツのために転校させられるのか?」



「そうよ。 でもね、ひとつだけ良い事があるわ。 関西の進学校に転校させられると思ったら都内になったわ。 私が主張したからなの。 だから、また逢えるわ」


 安子は、嬉しそうに言った。



「そうか。 それで、どこの高校だ?」



「今の学校とレベルは同等よ。 駒場学園高校なの。 有名だから、知ってるよね」



「確か、お金持ちが行く難関進学校だよな」


 本当は、菱友のお嬢様の香澄と同じ学校だから、たまたま知っていただけである。しかし、香澄と同じ学校なので一抹の不安が頭をよぎった。

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