第49話 お嬢様の本心

 安子は、続けて話した。


「今回の件で、父にアドバンテージができたわ。 スマホは、転校したら返してくれる約束だから、そしたら電話するね。 それから、父は 今の学校の理事を辞めるけど、後任は涼介の父親がなるわ。 今回の件で、涼介は かなり怒ってると思うから気をつけてよ。 元太も、私と同じ学校に転校して来れば嬉しいな。 元太ほど成績優秀なら簡単な事だよ」



「俺の家は、ごく普通の家庭だから、安子のようには行かないよ。 それに、住む世界が違う気がする」



「そんな事はない。 2人の気持ちがあれば心配ないよ」



「まあな」



「ちょっと、もっと肯定してよ」


 安子は、俺の気持ちを見透かしていた。



「2学期から転校するけど、もう、今の学校には行かないわ。 でも、日曜には 図書館に来るからさ。 だから、元太も来てほしい!」



「まあな」



「嬉しい」



 俺の気持ちが、伝わったようだ。



◇◇◇



 夕方 家に帰ると、父が待ち構えていた。



「元太、どうだった? 香澄さんは 美人だったろ!」



「ああ。 女王様のように、柔道やってる男達を従えてた。 俺はあの連中の仲間になるのは、まっぴら御免だ」


 嫌味タップリに言った。



「そんな相手ならやめな! デートはしたんだから、当然 約束は履行するわよね!」


 母が、不機嫌そうに父を見た。



「香澄さんは、そんなに悪い娘じゃないんだが、今度、才座に聞いて見るよ」



「元ちゃんが嫌がってるんだから、娘の事はどうでも良いのよ。 鈴木精密を支援するように言ってよね!」



「母さんは、元太の事になると、いつもの冷静さを失うが、お前の欠点だと思うぞ。 元太が女性と巡り会う唯一の機会かも知れないんだぞ」



「バカな事を言わないで! 元ちゃんは、あなたと違いモテるハズよ。 寡黙なのは同じでも、根本が違うわ。 それに、元ちゃんが生まれた時、私は仕事を辞めたかったのに、あなたが反対したから 離ればなれに暮らす羽目になったのよ。 私は、凄く後悔してる」



「また、その話しか。 悪かった、言いすぎたよ。 才座には、香澄さんの事を抜きに、鈴木精密の件を頼んでみる。 だから、機嫌を直してくれ!」



「ふう」


 母は、ため息をついた。


 両親は、普段は仲が良いのだが、俺の事になると母は父に攻撃的になる。最後には、いつも父が謝っている。



◇◇◇



 2日後の事である。


 昼休みに、父から寄り道をせずに家に帰るようにとのメールがあった。何事かと思い早く帰ったら、珍しく父がいた。



「元太、母さんが帰る前に、お前と話したくて来たんだ。 終わったら、また出勤する」



「何だよ、母さんに言えないような事なのか?」



「ああ。 母さんが怒ると嫌だからな」


 父は、複雑な顔をして俺を見た。



「昨日の夜、才座の家を訪ねたんだ。 鈴木精密の支援をしてくれる事になったよ。 相手の社長に連絡する時に、元太の事を説明するそうだ。 でないと、理由が無くて不審に思うだろ。 同級生を救えて良かったな」



「そうか。 でも、助けたかった娘は九州の母親の所に行くから、理由を失ったかも知れない。 だけど、実父の窮状を救えるのだから、彼女も喜ぶと思うよ」



「元太、もしかして、その娘の事が好きなのか?」



「ああ、好きだったが今は違う。 それに、東京と九州じゃ付き合う事もできないさ」



「そうか。 俺が高校生の頃は、体が大きく強面だったから、まるでモテなかった。 でも、母さんが言ってたが元太はモテるのか? 確かに、お前の顔は母さんに似てるから、メガネを外したらハンサムだよな。 体格と性格が俺に似てるから、同じだと思ってしまった」


 そう言うと、父は俺の顔をマジマジと見た。



「気持ち悪いから、見つめないでくれ! それに、俺は女子にモテた事は無い」



「本当に、そうなのか?」


 父は、なぜか嬉しそうだ。



「ところで、話はそれだけか? 母さんが怒るような話じゃ無いけどな」



「いや、ここからが本題だ。 才座の娘の、香澄さんの事なんだ」


 そう言うと、父は俺に鋭い眼光を飛ばした。



「香澄さんが、どうかしたのか?」



「お前は、初デートで散々な目にあったと言ったが、彼女の受け止め方は違っているようだ。 お前と会った日から元気が無くて、生意気な事を言わなくなったそうだ」


 父は、俺の心を探るように見た。



「それが、なんだって言うんだ?」



「才座が言うには、香澄さんは、元太に好意を持ったんじゃないかってさ。 これは、奥さんも同意見だとよ」



「バカらしい。 俺はジャジャ馬の相手はゴメンだ!」



「才座に元太の携帯番号を教えといた。 連絡が行ったら相談に乗ってやってくれ」


 父は そう言い残すと、さっさと職場に戻ってしまった。見送った俺は、しばし茫然としていた。



◇◇◇



 金曜の夕方、貴子から電話があった。普段連絡する事が無くなっていたので、少し驚いた。



「元ちゃん、電話してゴメンね。 どうしても話したい事があるの。 今度の日曜の午後2時に、城東公園の観覧車乗り場に来てほしいの。 安子も来るから安心して。 お願いできるかしら?」



「ああ、分かった。 ところで何の話だ?」



「電話ではちょっと。 会った時に話すわ」



「そうか。 分かった」


 安子には悪いが、貴子に逢えると思うと少し嬉しくなった。やはり、貴子は俺の初恋の人だと思った。

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