第42話 策略

 しばらくすると、角坂が来た。



「神野、いったい、どうしたんだ? あっ、三枝 久しぶり。 それに、良太に沙耶香さんも」



「三枝が、悪い噂を流されて困ってるんだ。 それで角坂の力が借りてえんだとよ」


 神野が言うと、角坂は俺を見た。



「詳細を聞かせてくれ」


 俺は、涼介との関係や、貴子や安子との事、噂を広めたと思われる優香の事を説明した。



「話しは 分かったが、俺に何を求めるんだ?」



「涼介のメールアドレスは知っている。 例えば、彼のアドレスにウイルスを送信し仕込んでおいて、優香と仲違いさせるようなネタを、涼介の登録アドレス全てに、誤送信したように見せかけて送る事は可能か?」



「ああ、可能だ。 ところで、目的は なんだ?」


 角坂は、興味ありげに聞いた。



「涼介の評判を落とす事もあるが、それが目的ではない。 優香に、涼介に頼まれて デタラメな噂を流したと証言させたいと考えている」



「それは、自分の非を認める事になるから難しいだろ?」


 角坂は、厳しい顔をした。



「確かに難しいと思う。 だから、証拠を掴んで証言せざるを得ない状況に追い込む」


 俺は、角坂を見た。



「その方法は?」


 角坂は、先を促した。



「方法は、こうだ。 誤送信されたメールの話しが広まれば、優香は涼介に不満を抱き2人は険悪な関係になる。 優香は涼介に抗議するはずだ」



「2人を仲違いさせて、どうする?」


 角坂は、即座に言った。



「そうすると、涼介は彼女を切り捨てにかかる。 そうなると、ますます優香の不満が募る。 我慢できずに、周辺の女子に、愚痴を言うはずだ。 この会話を録音して、優香に証言しろと突き付けてやる。 また、彼女が周りに愚痴を言う事により、涼介に不利な噂が広まるから一石二鳥だ」


 俺は、角坂に自信ありげに言った。



パンッ



「なるほど、面白い。 優香の噂好きの性分を利用する訳だな」


 角坂は、手を叩いて喜んだ。



「優香の愚痴を録音する役目は、私がやるわ」


 沙耶香が、申し出た。



「俺は 被害者として、その音声をネタに 優香に証言を迫る」


 優香には、本当に頭に来ていたから、ギャフンと言わせたいと思った。



「分かった。 じゃ、早速 始めるぞ。 メールの文章を考えてくれ」



「えっ、これからか?」


 俺は、驚いて聞いた。



「角坂は、仕事が早えんだよ」


 神野が、答えた。



 しばらく、皆でメールの文章を考えた。



「こう言うのはどうだろう!」


 良太が、皆の顔を見て、書いた紙を読み上げた。



「俺は、貴子との婚約を進める事ができて最高に幸せだ。 でも、実は心配な事がある。 貴子に誤解されたく無いから先に打ち明けておく。 2年の金子 優香の事だ。 元太たちのデタラメな噂を流した張本人だが、どうも俺の事が好きらしい。 俺を見る目が気持ち悪いんだ。 この後、言い寄られるかも知れないが、キッパリと断るから安心してほしい。 そうすると、今度は俺が デタラメな噂を流され、彼女に仕返しをされるだろう。 でも惑わされないでくれ。 俺は、どんな困難にも臆せずに立ち向かう覚悟だ。 俺には貴子だけだ。 心から愛してる。 こんな感じでどうかな?」


 皆、爆笑した。



「貴子との、婚約の話しを出すのはどうかと思うが?」


 俺は、貴子が可哀想になった。



「ダメだ。 他の者が知らない情報を盛り込むから、真実味が出るんだ。 良太の文面で行こう!」


 角坂は、強く主張した。


 結局、良太の文面で行く事になった。



「じゃあ、始めるぞ」


 角坂は、涼介のメールアドレスを聞いた後、タブレットを取り出し 15分ほど素早く操作した。



「これで完了だ」



「もう、終わったのか?」



「だから、角坂は仕事が早えって言っただろ」


 神野が強く言うと、角坂は得意げな顔をした。



「桜井家の使用人の佐々木のアドレスには、既にウイルスが仕込んである。 そこから、涼介のアドレスに発信した。 だから、涼介は疑いもせずにウイルス入りのメールを開くはずだ。 あとは、餌にかかるのを待つのみ。 ガハハハハ」


 角坂は、1人で大笑いした。



 周りの者は、恐ろしすぎて引いてしまった。そして、角坂には、メールアドレスを教えてはいけないと強く思った。



◇◇◇



 翌日の昼食時、俺はいつものように定食屋に来ていた。



「いらっしゃい。 彼女 まだ来てないけど、注文待つかい?」



「いや、もうじき来ると思うから、いつもので頼みます」



「あいよ!」


 店主の大きな声が響き渡った。


 俺は、いつもの席に座って彼女を待った。しかし、結局 安子は来なかった。心配になって電話したが、いつまで鳴らしても安子が出る気配はなかった。



「お待ち! 彼女と2人分作っちゃたけど、お代は1人分で良いよ。 残して良いから食べちゃって!」


 店主は、心配そうに俺を見た。何かバツが悪かった。



「おっちゃん、ありがとう」



 俺は、早々に食事を切り上げ、学校に戻った。そして 迷ったあげく、安子のクラスを覗いた。午後の授業まで5分しかないため、皆が揃っていたが、休みなのか 安子の姿は無かった。


 貴子が 俺を見つけ、今にも駆け寄って来そうな雰囲気だったので、俺は逃げるように自分のクラスに戻った。




(安子は、どうしたんだろう?)


 俺は、心の中で思い、凄く心配した。



 今じゃ、加藤も俺の所に来ない。


 俺は、今まで いつも1人だったからハブられても平気だが、安子の事が心配なのに誰にも聞けない辛さを痛感した。彼女の事を思うと凄く不安になった。


 スーッと息を吸い、祖父から教わった呼吸法をしたら、少し不安が消えた気がした。



 帰りの校門の前を見渡したが、安子の姿はなかった。俺は、諦めて都立図書館に向かった。


 図書館に着いて、いつもの席を見ると、大学生と思える女性が、下を向いて座っていた。凄く綺麗なので思わず見惚れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る